【今日の新聞から】公園のベンチは意地悪な「排除アート」か?

東京新宿の公園のベンチが、SNSで「意地悪ベンチ」と批判が相次いでいるという記事を読んだ。区はホームレスの人たちを排除する意図はなく、酒盛りや騒音を防ぐためと説明するが、ベンチが途中で仕切られていたり、座面が平らではなく丸く盛り上がっていたり、明らかに寝転がったり、長く座っていることを「排除」しようとしている。
「それならば置かない方がいいのではないか」と思って、「はた」と気がついた。

これは以前にこのHPでも述べた、本学の「ベンチ寝転がり」問題と同じではないか。

その際にも私見を述べたが、「ソファ」というのはもともと寝転がる前提の家具ではないのか。寝転がってほしくないのであれば、ソファではなく他のものに変えた方がいい。それが無理なら、寝転がれる場所とそうではない場所を分けた方がいいとそのときは提案した。寝転がらないといいことがあるといった「ナッジ理論」を活用したアイデアがあってもいいと述べた。

夜中に酔っぱらって騒ぐ若者が多く、ホームレスも集まるので住民が要望して区に作ってもらったということだが、そういったマナーを守る守らないといった問題は別の次元の話だろう。
「行き場がない」と思った人が身を寄せる場所にもなっていたのではないか。そういう人たちはどこへ行けばいいのか。
ドラマでよく登場する誰かがけんかや仲たがいをして公園にやってくる、考え事をするときに公園にやってくる、などのシーンはテレビから消えるのだろうか。

それにしても「排除アート」とは嫌な言葉だ。アートとは他者を排除するものではない。多様な他者を受け入れ、他者とちがう自分を表現するのがアートだ。
この言葉は「不適切にもほどがある」。

「中日新聞WEB」より

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