【おススメドラマ】「カネが動かす社会」の危うさ―NHKスペシャル『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』が見事に照射する「国家は平和を保障しない」という現実
NHKスペシャルのドラマ『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』を見た。とても見ごたえのある、そして深く考えさせられる素晴らしいドラマだった。
この作品は、太平洋戦争開戦直前の昭和16年夏、政府が極秘に設置した「総力戦研究所」において、若き研究員たちが日本の国力を徹底的に分析し、「戦えば必ず敗れる」という結論に至るまでの過程を描いたものだ。戦争の是非を、感情論ではなく冷徹なデータと論理で導き出す姿勢が、現代にも通じる知的誠実さを感じさせた。
企画は、私が懇意にしているリキプロジェクトの代表取締役である永井拓郎氏と、大崎真緒プロデューサーによるもの。ゼミ生が長期プロデューサー研修でお世話になっていることもあり、個人的にも思い入れのある作品だった。脚本・監督は石井裕也氏。重厚なテーマを扱いながらも、人間の機微を丁寧に描く演出はさすがだった。
主演の池松壮亮氏は、抑制の効いた演技で、逆にその静けさが登場人物の内なる葛藤や覚悟を力強く伝えてくれた。総力戦研究所の35人の若者たちが、国力を分析し、開戦の是非を論じる様子は、まるで良質な法廷劇のような緊張感に満ちていた。内閣閣議の場面も含め、手に汗握る展開が続き、視聴者として息を呑む瞬間が何度もあった。また個人的な好みだが、佐藤浩市氏演じる東條英機と江口洋介氏演じる陸軍中佐・西村良穂の廊下でのシーンは圧巻だった。
戦えば負けるとわかっていながら、開戦に踏み切ろうとする当時の世相や風潮が、ドラマを通して痛いほど伝わってくる。「戦争に何の意味があるのか」という問いが、登場人物たちの言葉や沈黙の中に浮かび上がる。とりわけ「上層部は『戦争ごっこ遊び』をしている」という台詞は、胸に突き刺さった。この言葉は、決して過去のものではない。いまの世の中にも、似たような構造が潜んでいるのではないか。
たとえば、最近の軍事費拡大の動き。防衛予算は過去最大規模となり、敵基地攻撃能力の保有など、これまでの専守防衛の原則を揺るがす政策が次々と打ち出されている。ドラマの中で「軍事費などのカネが動いているからやめられない」という台詞があったが、これは単なる過去の描写ではなく、現代にも通じる警鐘だ。いま、軍事費は過去最大規模に膨れ上がり、経済界や防衛産業との結びつきが強まっている。カネが動けば、政策も動く。その論理が国家の意思決定を歪めていく危険性を、私たちは直視しなければならない。「カネが支配する社会」は、戦争だけでなく、教育、医療、福祉、そしてメディアの在り方にも影響を及ぼす。その結果、私たちの倫理的判断や公共性が後退し、「利益」や「効率」がすべてを決める社会になってしまう。ドラマが描いた「戦争ごっこ」の構造は、まさにその象徴だった。
さらに、政治とカネをめぐる構造的な腐敗も見逃せない。最近では、政策活動費の不透明な使途や、天下り先としての年金施設建設、さらには東京五輪を巡る受託収賄事件など、政治家や官僚と企業の癒着が繰り返されている。こうした構造は、戦前の軍部と財閥の癒着にも通じるものがあり、民主主義の根幹を揺るがす危うさを孕んでいる。
このドラマは、そうした現代への警鐘でもあった。
開戦間近には新聞各社が戦争を煽り、国民を鼓舞する記事を連発していたことも描かれていた。これは、軍部や政府首脳だけでなく、メディアにも戦争責任の一端があったことを示している。身につまされると同時に、私たちが肝に銘じるべき教訓だ。
あえて一点だけ指摘しておきたい。それは、ドラマという形式ゆえの「誇張表現」についてだ。ドラマの後に放送されたドキュメンタリー部分では、実際の研究所所長は「戦争すれば必ず負ける」「この戦争はするべきではない」という研究員たちの結論を支持していたという。しかしドラマでは、所長が研究員たちの方針に否定的な立場として描かれていた。これは、敵対構造や障害を設けるための演出上の工夫だろうが、私としては、所長も含めて研究所が一丸となって「戦争反対」を掲げていたにもかかわらず、その総意がなぜ無視されていったのか、その過程をもっと見たかった。事実とは異なる所長像を描いたことで、この部分があいまいになってしまったのは、唯一残念な点である。
とはいえ、このドラマは非常に意義深い作品だった。過去の歴史を通して、いまを照らし出す力を持っていた。私たちはこのドラマから学ばなければならない。
戦争とは何か、国家とは何か、人間とは何か――その問いを、私たち自身の言葉で、そして行動で応えていく責任がある。そして、「戦争に踏み込んでしまう」という危険性は、いまの平和な社会の中にも「種」として潜んでいることを忘れてはならない。その種は、カネの論理に無自覚なまま、日常の中で静かに芽吹いていく。国家が平和を保障してくれる――そんな幻想を、私たちはもう手放すべきなのだ。だからこそ、私たちは問い続ける必要がある――この社会は、どこへ向かおうとしているのか、と。
*NHKプラスで『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』は現在配信中。まだ視聴可能なので、ぜひご覧いただきたい。過去と現在が交錯するこの作品は、単なるドラマではなく、きっと私たち自身の問いを深める鏡となるはずだ。
「番組公式HP」より
いつも力作なんですが、視覚的な物があれば、読みやすくなるけどな。
写真でもデータ処理でもあると、飽きずに見れるよな!
出口様 コメントありがとうございます。「いつも力作なんですが、視覚的な物があれば、読みやすくなるけどな。
写真でもデータ処理でもあると、飽きずに見れるよな!」とは、私のブログのことでしょうか?それとも・・・Nスぺのこと?でしょうか?田淵 拝