【おススメ映画】『雪風』は何を問いかけるのか――根拠不明の「防衛費43兆円」、軍拡時代に“観るべき”作品
東京新聞が一面ですっぱ抜いた。
なぜ、2027年度までの5年間で防衛費に43兆円が必要なのか。巨額の税金投入に、政府は国民への説明責任を果たさぬまま、計画の4年目予算の概算要求をまとめようとしている、と。
防衛費が43兆円に増えれば、戦後おおむね1%で推移してきた防衛費の対GDP比が、2027年には2%に跳ね上がる。この「対GDP比2%」は、1期目のトランプ政権が同盟国に求めていた水準だ。その事実を取り上げ、野党が「額ありき」でつじつま合わせをしようとしているのではないかと指摘したことを受けて、東京新聞は43兆円の内訳資料を情報公開請求したが、防衛省は「不開示」とした。これによって、どこまで精緻な積み上げをおこなったかは不明となり、「額ありき」の疑念はますます深まった。国民の税金が何に使われるのかは明かされるまま、武器購入などに充てられてゆく。
そんな日に、映画『雪風』を観た。きっかけは、竹野内豊氏、玉木宏氏、という主演のお二人は私にとってとても大切な方々であるということだ。どちらの方とのドラマ制作も思い出深いもので、特に玉木氏は何度もお仕事をさせていただいている。人柄も素晴らしく、仕事や演技に向き合う姿勢には、いつも深い敬意を抱いている。そんなお二人の競演が実現するとあっては、観ない選択肢はない。加えて、この映画を観ようと決めていた日に上記のような報道がされたことは、何か「因縁めいた」ものを感じていた。
鑑賞後の感想は、一言で述べると「素晴らしい」に尽きる。その理由は3つある。
1.竹野内豊氏と玉木宏氏の競演が見事:艦長・寺澤を演じた竹野内豊氏は、現在54歳。先任伍長・早瀬を演じた玉木宏氏は、現在45歳。数字をひっくり返した年齢差は9歳だが、誕生日は12日違い。この50代俳優と40代俳優をそれぞれ代表する二人の演技が絶妙であった。まるで鏡合わせのような関係性が、劇中の緊張感と親密さを際立たせていたからだ。竹野内氏は、抑揚を抑えた演技で安定感のある重厚さを表現。それに対して、玉木氏は、少しユニークで柔らかい感じと芯の頑なさが同居する難しい役柄を見事に演じていた。艦内の二人のシーンには引き込まれ、息をするのも憚れるほどで、まさに「固唾を飲んで」見入ってしまった。脚本や演出でも、この二人の「対比」がうまく描かれていた。幼い娘を持つ寺澤と年の離れた妹を持つ早瀬。互いに大切に思う人は違えど、死を覚悟した者たちが残す彼女たちに対してどんなに“愛おしい”気持ちを抱いて戦場に向かったかを、見事に想像させてくれた。フィクションはいかに観客や視聴者に想像させることができるかが、勝負だ。そういった意味においても、この二人の「カップリング」は最高の成功材料だった。
2.戦闘シーンが迫力に満ちている:あたかもその場に臨場しているかのような戦闘シーンは見どころのひとつだ。ゲーム世代が見ても驚くほどの緻密な設計と空中からの視点を多用した映像は、戦争の「残酷さ」や「冷淡さ」を際立たせている。ぜひ、大画面で観ることをおススメする(というか、大画面で観ないともったいない)。
そして3つ目は、やはり「時代性=タイムリー性」である。寺澤艦長は戦時中に「敗戦」という少し先の未来が見えていた日本人のシンボルだ。次々と仲間が戦死し、暗い未来が予見できても、現場では戦わねばならない。その苦悩は、単なる軍務の重さを超えて「国全体の閉塞感」を表現していた。そしてそれがいまの日本の姿に重なった。大切な税金を軍拡に使われながら、何も知らされない私たち国民。それは、戦争当時の国民と同じだ。「負ける」とわかっていても闘わなければならなかった者たちの無念に、いまを生きる私たちは応えられているのか、深く考えさせられた。そして世界中で争乱や戦争が繰り広げられている今だからこそ、「戦争とは程遠いところにいる」と思っている日本人に映像を通して戦争の理不尽さを伝えることの大切さを改めて感じた。まさに映像による「学而事人」——学びを通じて人間性に向き合う営みの体現である。
ネットなどでは、「ラストのいくつかのシーンは不要」「最後が蛇足」「残念なラスト」という手厳しい意見も散見された。「最後は雪風が引揚者を乗せて大陸から帰還する場面で終われば、余韻を残して終われたのに」と惜しむ声も見られた。現在の海上自衛隊や災害時の水難救助などのシーンを指しているのだと思われるが、私はそうは思わない。確かに、有村架純氏の登場は、物語の流れに対してやや唐突に映った。しかし、映像作品とはこうあるべきだ、特に映画はこれでいい、そう感じた。
艦長・寺澤や先任伍長・早瀬が若き水雷員・井上や自分たちの娘や妹に託したこの日本がどうなっているのか。彼らが命を懸けて守ろうとした日本は、いま「価値ある存在」なのか。それを私たちは、突きつけられている。このラストは、「さあ、こんな日本をあなたはどう考えるか」という問題提起なのだ。
この映画は、軍拡、日米安保の在り方が見直されるいまの時代にこそ、“観るべき”作品である。
「映画.com」より