【おススメ書籍】『コンビニ人間』と『藍を継ぐ海』は「人間の生き方」「社会とのかかわり方」を描いた秀逸な作品~芥川賞と直木賞・2つの権威ある文学賞を受賞した納得の理由
『コンビニ人間』と『藍を継ぐ海』、気になっていた2つの作品を立て続けに読んだ。どちらも権威ある文学賞を受賞した作品だ。しかし、受賞した賞の性質には違いがある。
それだけに、あえてその2つを「続けて読む」ということに拘ってみた。
芥川賞と直木賞はどういう点が違うのか。
『コンビニ人間』(村田沙耶香著)は、第155回芥川賞(2016年)を受賞した作品だ。芥川賞は純文学作品を対象とする賞であり、文学的な価値や革新性が評価される。一方、『藍を継ぐ海』(伊与原新著)は、第172回直木賞(2025年)を受賞。直木賞はエンターテインメント性のある大衆文学作品を対象とする賞であり、物語の魅力や読者への訴求力が評価されるとされている。
だが、私にはそれら2つの賞の違いはまったくと言っていいほど感じなかった。
それよりも強く感じたのは、2つの作品の「共通性」である。『コンビニ人間』と『藍を継ぐ海』は、一見すると異なるテーマを扱っているが、どちらも「(個人としての)人間の生き方」と「社会との関係性」を深く掘り下げた作品であったからだ。そしてそれら2つのことを掘り下げるために、それぞれの作品は共通の3つのテーマを設定している。
1.社会への適応: 『コンビニ人間』では、主人公がコンビニというシステムに完全に適応し、社会の「普通」から逸脱することで生きやすさを見出してゆく。一方、『藍を継ぐ海』では、科学と人間ドラマを絡めながら、個人が環境や社会とどう向き合うかが描かれていた。
2.アイデンティティの探求: 両作品とも、主人公が自分の生き方を模索し、社会の期待との間で葛藤する様子が描かれている。
3.環境との関係: 『藍を継ぐ海』はウミガメの生態を通じて「生まれた場所への帰属意識」を問いかけるが、『コンビニ人間』もまた、主人公がコンビニという環境に強く結びついている点が主軸となっている。
そして、2つの作品の「共通性」が明確なだけに、かえって私自身の「好み」に関しても気づきがあった。
『コンビニ人間』は現代社会の「普通」という概念を風刺的に描くのに対し、『藍を継ぐ海』は科学的視点や「自然のなかの人間」という設定を常に意識して書かれていた。『コンビニ人間』はその〝容赦ない〟までの主人公描写と偏執的なまでのこだわりが、かえって〝心地いい〟と感じた。もちろん、一気読みするほど面白い。だが、私のなかでは「どちらが好み?」と聞かれると、『藍を継ぐ海』に軍配が上がる。それはひとえに、私の嗜好性によるものだ。『藍を継ぐ海』の方が「肌に合った」のだ。
『藍を継ぐ海』は5編の短編集である。「夢化けの島」のテーマは、陶器の発色における化学反応。山口県の見島で、萩焼に絶妙な色味を出すという伝説の土を探す元カメラマンの男の話である。「狼犬(おおかみけん)ダイアリー」のテーマは、ニホンオオカミにまつわる生物学。都会から逃れ移住した奈良の山奥で、ニホンオオカミに「出会った」ウェブデザイナーの女性が主人公だ。「祈りの破片」は、岩石やガラス製品における鉱物学と一見硬そうなテーマだが、現在研究中の「かくれキリシタン」が出てきたりと親近感が湧いた。「星隕つ駅逓」は、隕石の探索に関わる天文学の話で、年老いた父親のために隕石を拾った場所を偽ろうとする北海道の身重の女性の思いにはジーンと来てしまった。どれも作者の〝理系〟の経歴を裏付けるテーマ設定である。
そして表題の「藍を継ぐ海」は、アカウミガメ産卵に関する環境と生物学がテーマだが、堅苦しさはどこにもない。徳島の海辺の小さな町で、なんとかウミガメの卵を孵化させ、自分ひとりの力で育てようとする中学生の女の子には感情移入ができる。
ウミガメが「母浜」に回帰するのは、地球の磁気を体内の方位磁針のようなDNAに刷り込まれた能力で読み取るからだという説明はロマンをかきたてられる。ドキュメンタリーで世界中を旅していたころのことを思い出させてくれた。
また、ティムというカナダのネイティブアメリカンの青年が、自分の祖先が日本から海を渡った話をするくだりは、過去に制作したドキュメンタリー『ネシアの旅人』を彷彿とさせるものだった。環境をテーマとして描く際にはどうしても「奇麗事」になりがちだが、この作品が直木賞を受賞した理由が分かった気がしたのは、そういった奇麗事だけで作品を終わらせていないことである。「この浜からはいずれウミガメはいなくなるだろう」とちゃんと来るべき未来を見据えていることだ。
どちらの作品もおススメ。そしてぜひ、時間があるときにじっくりとその一文一文をかみしめて読んでほしい作品だ。きっと〝スルメのように〟その滋味が身体にしみ込んでくることだろう。
