【おススメ書籍】横山勲著『過疎ビジネス』は記者魂が込められた良書ー「コンサル栄えて、国滅ぶ。」とならないために
横山勲氏の『過疎ビジネス』(集英社新書)を読んだ。
著者は河北新報の記者であり、福島県国見町に巣食うコンサル利権ビジネスを長年にわたり追い続け、ついにその構造を暴いた人物だ。まさに、記者の「鏡」であり、「魂」を体現する存在である。
本書のストーリーラインは、国見町の官民連携事業に絡む企業と自治体の癒着を軸に、企業版ふるさと納税制度の悪用、住民不在の政策決定、そしてメディアの責任にまで踏み込む。調査報道の粘り強さと、地域社会への深い眼差しが交錯する一冊だ。国見町では、企業版ふるさと納税を活用し、約4億円をかけて高規格救急車を12台も導入。それらを自治体や病院にレンタルするという不可解な事業が進められていた。住民の医療ニーズや地域の実態とは乖離したこの施策は、まさに「過疎ビジネス」の象徴である。
まず読んで感じたのは、横山氏の「熱量」である。うかうかすると火傷してしまいそうなほどの熱気と本気、そして覚悟が文面から立ち上ってくる。その熱量だけでも読む価値がある。だが、横山氏は単なる“熱血”記者ではない。
本書を通じて明らかになるのは、彼の取材における慎重さと構造的なアプローチだ。私自身、ドキュメンタリー制作の現場で痛感していたが、取材対象者との距離感、信頼関係の構築は極めて繊細な作業である。信頼は一瞬で崩れる。不用意な一言で相手の心が“さーっと”引いていく瞬間を、私は何度も経験した。秘匿性の高い情報は、漏れた瞬間に価値を失う。だからこそ、横山氏の取材手法からは、学ぶべき点が多い。
国見町の官民連携事業を請け負った企業の社長をじりじりと追い詰めていく場面は、フィクションのドラマを見ているように手に汗握る。
「やりたいと言わせたら、こっちの勝ち」
「(地方自治体の人間なんて)雑魚だから」
「言うこと聞けっていうのが本音」
この社長の言葉は、怒りを通り越して、愚かさすら感じさせる。
そして私が気づいたのは、この構図がフジテレビの一件と酷似しているということだった。事件発覚後の住民説明会で企業に責任を押し付け、第三者委員会に委ねて逃げようとする姿勢は、フジの記者会見と同じだ。フジテレビ事件の元凶がフジテレビ自身にあったように、国見町の事件も自治体自身の精神構造に根差している。
読み進めるうちに、企業版ふるさと納税を利用した「ごまかし」が他の地方でも行われているのではないかという疑念が湧いてくる。横山氏はその問いにも見事に応えていく。その取材力と行動力は、称賛に値する。
本書の素晴らしさは、「伏線回収」がしっかりと行われている点にもある。私も感じた「これって同じようなことがほかの地方でもおこなわれているんじゃない?」といったような、読者が読み進める中で抱く疑問が、書籍の後半で「国見町再生物語」として描かれることで、見事に回収される。地元新聞社の地道な取材と調査が、告発となり、次の犯罪を防ぐ力になるのだと実感させられる瞬間だ。
そして、横山氏が最後に記した自戒の言葉は、かつてメディアの一員であった私にとって、重く響いた。
「〇〇(国見町の官民連携事業を請け負った企業名)が企てた『過疎ビジネス』には、私たちマスメディアの怠慢にも責任の一端がある。」
この言葉に、私たち批評的実践者が向き合うべき倫理的問いが凝縮されている。メディアの沈黙が構造的腐敗を助長するならば、私たちはその沈黙を破る言葉を、語り続けなければならない。
「東洋経済オンライン」より