【今日のタブチ】レビー小体型認知症を患う三橋昭氏の挑戦――「幻視」をアートに変え、社会とつながる

今朝の新聞で目にしたのは、レビー小体型認知症を患う三橋昭氏(76歳)の記事だ。レビー小体型認知症という病名は聞いたことがあったが、詳しくは知らなかった。調べてみると、この病気は脳に「レビー小体」という異常なタンパク質が蓄積することで発症する。認知症の中ではアルツハイマー型に次いで多く、日本では推定100万人前後、認知症全体の約20%を占める。特に65歳以上の男性に多いというから、私もうかうかしていられない。

三橋氏が最初に「幻視」を体験したのは2018年11月末。朝、目覚めると飼い猫の「たま」がベッド脇に近づいてきた。撫でようと手を伸ばした瞬間、その手が猫の胴体をすり抜けた。「えっ!」と衝撃を受けたが、見なかったことにしようとやり過ごしたという。数週間後、今度は縄文時代の土偶が空中に浮かんでいた。「これはまずい、調べてもらおう」と思ったと語っている。

「幻視」という現象は、決して超常的なものではない。先日、古谷博和氏の『幽霊の脳科学』を読んだが、本書によれば、「幽霊を見た」という体験の多くは脳の働きによって説明できるという。怪談の三分の二は神経学的に説明可能で、幽霊体験の背景には脳の特定部位の機能障害や睡眠障害がある。例えば、夏の夜に幽霊が多いのは暑さで睡眠の質が悪化するからだし、タクシー幽霊は高速道路催眠現象と呼ばれる微睡状態で説明できる。古谷氏は「幽霊は脳のバグ」と語り、幻視は脳の誤作動による現象だと指摘する。三橋さんの体験も、脳科学の視点から見れば、病気がもたらした幻視という現象に過ぎない。しかし、その現象を恐れず、創作に変えて社会とつながる力に変えたところに、三橋さんの強さがある

診断は2019年3月。ネットで検索するとネガティブな情報ばかりで「何も分からなくなってしまうのか」と不安になったが、三橋氏は「せっかく見えたのだから記録を残そう」と決めた。最初はチラシの裏に描き、捨てていた原画を妻が拾ってくれたことから本格的に描きためるようになった。今では原画は1300枚以上、展示会は30回を超える

作品は驚くほどユニークだ。麒麟模様の馬、二足歩行でジョギングするヤギ、大きな葉っぱの耳をした雌ライオン、トランプで遊ぶビーグル犬とウサギ──まるで絵本の世界を覗いているような不思議さと温かさがある。色彩豊かなカエルや魚、天井から生えるバラ、骸骨の頭部がスニーカーになっている絵もある。
展示会の雰囲気も特別だ。横浜美術館のレクチャーホールで開かれた「幻視画展」では、ホワイエに約30点の原画が並び、来場者は「三橋氏にしか見えない世界」を覗き込むように見入っていた。会場にはポストカードや書籍『麒麟模様の馬を見た』も並び、喫茶コーナーでは「たまちゃんクッキー」が添えられたドリンクが提供されるなど、温かい空気が漂っていたという。
三橋氏は講演でこう語った。
「幻視が常に離れない存在なら、もう仲良くした方がいいと思えるようになった。異常な世界という考え方はしない方がいい。毎朝何が出現するか楽しみなんです」
さらに、
「できないならやらなくていい。そのことから自由になれる。できないことが増えていくにつれ、どんどん自由が増えていると思えば、家族の気持ちの負担も減る」
とも話している。
その言葉は、前向きで力強さに溢れている。
病気と闘うだけでなく、病気と共に生きるという姿勢。その前向きさに深く感銘を受けた。「幻視」という症状を創作に変え、社会とつながる力に変える。その姿勢に勇気づけられた朝だった。

「毎日新聞デジタル」より
カラフルなカエルと魚の幻視

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