【今日のタブチ】生活保護申請で「財布チェック」――「屈辱」の先に潜む制度の落とし穴

三重県鈴鹿市生活保護申請者に対し、財布の中身を1円単位で確認していたことが報じられた。厚生労働省のガイドラインにはそのような規定はなく、申請者からは「惨めな気持ちになった」との声も上がっている。生活保護制度に詳しい有識者は「屈辱感を与える行為だ」とし、「申請をためらわせる恐れがある」と指摘した。
もちろん、こうした行為は申請者の尊厳を傷つけるものであり、生活保護制度の理念――「権利としての保護」に反する。しかし、担当者個人を吊し上げるような報道には、私は違和感を覚える。新聞やテレビは、こうした制度の構造や背景にまで踏み込むことは少なく、表層的な「不適切対応」のみを切り取って報じる傾向がある。だが、問題の根はもっと深いところにある。制度の不備や運用の曖昧さが、現場の過剰対応を生んでいる可能性があるからだ。
鈴鹿市は過去にも生活保護行政で問題を起こしている。交際相手との同居を理由に支給を停止し、裁判で違法とされた事例。申請者の顔写真を撮影していた事例。自動車保有を理由にした処分が違法とされた判決も、今年に入って2件確定している。こうした「勇み足」は一過性のものではなく恒常化している。制度運用の根本に何かがあると考えるべきだ。
さらに言えば、この現象は鈴鹿市だけのものではない。他の自治体でも、申請者に対する過剰な資産調査や、暗黙の「申請抑制」策が取られているケースは少なくない。名古屋市では自己申告を基本としつつも、金融機関への照会を行うなど、疑念があれば調査を強化する体制がある。自治体ごとの対応のばらつきは、申請者の心理的ハードルを高める要因にもなっている。
なぜ地方自治体でこうした勇み足が繰り返されるのか
その背景には、厚生労働省の制度設計と運用方針があると私は見ている。
厚労省は「自己申告」を原則としながらも、「手持金が生活費の5割を超える場合は支給額から差し引く」としている。しかしその「5割」の基準や「手持金」の定義は曖昧で、現場に過剰な裁量と責任が押し付けられている。結果として、自治体は「不正受給防止」の名のもとに、申請者の尊厳を犠牲にするような対応を取ってしまう。
自治体や担当者を責めるだけでは、問題の本質は見えてこない。むしろ、制度の設計そのものが、申請者を「疑う対象」として扱うような構造を現場に押しつけているのではないかと考えるべきだ。担当者はその制度の枠組みのなかで、疑念を前提に対応せざるを得ない――そうした構造的な歪みこそが、尊厳を損なう対応を生む温床になっている
生活保護制度は、困窮者を支える最後のセーフティネットであると同時に、社会の倫理と制度の成熟度を映す鏡でもある。その鏡が曇っているなら、磨くべきは現場ではなく、制度の根幹だ。

「Yahoo!ニュース」より

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