【今日のタブチ】社会に蔓延する《壁》を取っ払え!――警察官の「身長制限」と将棋界の「女性初棋士」
昨日は、新聞記事から「男女」に関する三つの事案を取り上げ、「性別」から「個人」へと社会が今まさに転換点にあることを考察した。今日はその続きとして、そんな時代にあってもなお社会に蔓延する《壁》が、静かに、しかし確実に取り払われていく様子を見ていきたい。
まずは、警視庁の取り組みから。かつて警察官の採用には「身長制限」があった。男性は160cm以上、女性は154cm以上。これは体力や制服の規格、さらには視認性などを理由に設けられていたが、実際には多くの志願者の夢を阻む「壁」として機能していた。
そんな中、警視庁は2023年にこの身長・体重制限を撤廃した。身体検査は健康状態の把握に限定され、受験資格からは除外されたのだ。これは、少子化による人材確保の必要性、多様性の尊重、人権意識の高まりなど、複数の要因が重なって実現した制度改革だった。だが、制度が変わったからといって、すぐに夢が叶うわけではない。その変化の波に乗り、実際に「壁」を越えた人がいる。
その一人が、大森署に勤務する高橋美咲巡査長だ。彼女は、白バイ隊員になるという強い夢を抱きながら、長らく身長制限に阻まれて憧れの職に就くことができなかった。交番勤務中、交通違反の取り締まりに苦戦していた彼女の前に、颯爽と現れた白バイ隊員の姿が、転機となった。そこから彼女は、白バイ乗務員養成講習への挑戦、大型二輪免許の取得、交通機動隊での実務経験など、厳しい訓練と試練を重ねた。
制度が変わったことで、ようやく夢への扉が開かれた。2023年には警視庁白バイ安全運転競技大会に出場し、チームのキャプテンとして団体準優勝に貢献。その裏には、日々の鍛錬と「壁を越えたい」という強い意志があった。彼女の歩みは、制度改革と個人の努力が交差する象徴的な物語である。
次に紹介したいのは、将棋界の話だ。福間香奈女流六冠。彼女は女流タイトルを6つ保持するトップ棋士でありながら、将棋界の「壁」に何度も阻まれてきた。将棋界では「棋士」と「女流棋士」が制度的に分かれており、女性が棋士になるには編入試験を突破するしかない。
福間氏は2022年に編入試験に挑戦するも結果は3連敗で不合格。悔し涙を呑んだ。「最後の挑戦だった」と語っていた。その後、結婚・出産を経て復帰し、公式戦で驚異的なペースで勝ち星を重ね、再び受験資格を得た。試験では新四段5人との対局で3勝すれば合格という厳しい条件が課される。初戦の相手は17歳の山下数毅四段。福間氏は「全力を尽くす」と語り、再び壁に挑む姿勢を見せている。
しかし、再挑戦への決断は簡単ではなかった。「現実になってから考えようと思っていた」と語るように、資格を得てもすぐには申請せず、子育てや体調、対局スケジュールとの両立に悩んだ。将棋の内容に影響するほど、編入試験のことは意識しないようにしていたという。それでも、福間氏は「前向きに検討したい」と語り、ついに挑戦を決意した。「こなせるかどうか、体調面も考慮して決めたい」と慎重に言葉を選びながらも、「全力を尽くします」とコメントした姿には、壁を乗り越えたいという強い意志がにじんでいた。
将棋という日本文化の象徴的な世界において、女性が入り込めない「ジェンダーの壁」は根深い。制度的な分断だけでなく、文化的な保守性もその背景にある。もちろん、伝統を守るという考え方も理解できる。たとえば、能楽や相撲などの伝統芸能・武道の世界では、女性の参加が制度的・慣習的に制限されてきた歴史がある。能のシテ方は長らく男性中心であり、女性能楽師は近年ようやく認知され始めた。相撲に至っては、土俵に女性が上がることすら禁忌とされてきた。
こうした「文化の壁」は、単なる制度以上に、長年の価値観や美意識に根ざしている。守るべき伝統と、変えるべき慣習。その境界線は曖昧だが、今はその線を問い直す時代に来ているのではないか。文化は人を排除するためにあるのではなく、人の可能性を広げるためにあるべきだ。
警察と将棋。まったく異なる世界で起きた二つの事例は、共通して「壁」が崩れ始めていることを示している。それは単なる制度の変更ではなく、社会の価値観そのものが変わりつつある証左だ。
「壁」は時に文化の名のもとに守られる。しかし、守るべきは制度か、それとも人の可能性か。高橋巡査長と福間六冠の挑戦は、私たちにその問いを投げかけている。
社会は今、静かに「個人の可能性」を中心に据え直している。壁を壊すのではなく、壁の向こうにいる人の声を聞くことから始めたい。そしてその声に耳を傾けることで、希望ある未来が見えてくるのではないか。
「東京新聞デジタル」より


