【今日のタブチ】Netflix『イクサガミ』は時代劇の常識を壊した――玉木宏氏の《生首》と伊藤英明氏の《死にざま》が意味するものとは?
Netflixオリジナル作品『イクサガミ』は、戦国時代を舞台にしたサバイバルドラマでありながら、従来の時代劇の枠を完全に壊している。豪華キャストに加え、岡田准一氏がアクションアドバイザーとして参加していることでも公開前から注目を集めていた。Netflixが日本作品に求める“グローバル基準”を満たすかどうか、期待と不安が入り混じる中での配信だったが、視聴してみるとその期待を大きく超えてきた。Netflixは『イカゲーム』で世界を席巻した韓国作品に続き、日本からもグローバルヒットを狙っている。その意味で『イクサガミ』は、日本映画が世界市場で存在感を取り戻すための戦略的な一手だ。
まず目を引くのは俳優たちの演技のリアルさだ。鼻水が垂れ、血が飛び散り、泥にまみれる姿を隠さない「汚れ姿」の演出は、日本のドラマや映画ではほとんど見られない。これまでの作品では、俳優の美しさを保つために過剰に整えられた映像が多かった中で、『イクサガミ』はその逆を行く。極限状態に置かれた人間の生々しさを、あられもなく露わにすることで、視聴者は登場人物の恐怖や焦燥を肌で感じることになる。
そして、度肝を抜かれたのが玉木宏氏の生首と伊藤英明氏の壮絶な死にざまだ。日本の映像作品でここまで踏み込む演出は稀だ。人気俳優のイメージをあえて“壊す”ことで、作品は安全圏を捨て、視聴者に「これは本気だ」と突きつける。Netflixが求めるのは、予定調和ではなく、視聴者の感覚を揺さぶる衝撃だということが、このシーンに凝縮されている。
アクションシーンはさらに異次元だ。岡田准一氏のアクション哲学は「派手な画よりもキャラクターの魂を映す動き」にある。つまり、剣戟は単なる殺陣ではなく、肉体で語る心理劇だ。痛み、恐怖、覚悟――それらをセリフではなく身体で表現する。ハリウッド的な爆発やCGに頼らず、武道的な間合いと実戦的な所作を取り入れることで、日本ならではの緊張感を生み出している。岡田氏は「嘘をかかげない」リアリズムを徹底し、本気の立ち回りや武術をアレンジした殺陣を採用。これはファンタジーを拒否したエンタメであり、CG全盛の時代にあえて生身の肉体で世界基準を目指す逆説的な挑戦だ。
カメラワークも革命的だ。ワンカットで長回しするロングテイクは、単なる技術の誇示ではない。観客と演者の呼吸を同期させ、戦場の緊張感をリアルタイムで体感させる装置だ。アクションに追随するステディカムやジンバル、時にはドローンを使った視点の切り替えが、映像にゲーム的な没入感を与えている。背中を追うカメラ、一人称視点のショット――これらはNetflix世代に合わせた“配信時代の時代劇”という挑戦であり、視聴体験は完全に21世紀的だ。
この作品を見ていて、ふと『イカゲーム』を思い出した。極限状況で人間の本性がむき出しになる構図は共通している。しかし、『イクサガミ』はゲーム要素を控えめにし、より人間ドラマに寄せている。裏切り、忠義、権力闘争といったテーマが濃厚に描かれ、単なるサバイバルではなく、心理戦や人間の業に焦点を当てている点が特徴だ。さらに主人公にPTSD的な描写を加えたことで、武士の美学より「人間の弱さ」を描く方向に舵を切っている。忠義よりトラウマ――この逆転は時代劇の定型を壊し、武士を“戦う人間”として再定義している。
ここで監督・藤井道人氏について触れないわけにはいかない。正直言えば、このタッチなら白石和彌氏や三池崇史氏の方がもっと暴力と狂気を突き詰めただろうと思う。藤井氏はその領域で勝負するタイプではない。彼の強みは、繊細な心理描写や社会的テーマを絡めるヒューマンドラマにある。しかし『イクサガミ』では、その“藤井らしさ”が希薄になり、Netflix的な“世界基準のアクション”に寄りすぎている印象がある。もっと人間の内面をえぐる藤井らしさを期待していた視聴者には、物足りなさを感じるかもしれない。
藤井氏は安全圏を捨てた。社会派ドラマで評価されてきた監督が、Netflixの要求に応えるために自分の得意領域を一度封印し、アクションに振り切った。この決断はキャリアの中で異例であり、その勇気は評価したい。あえて言うならば、藤井氏ならもっと人間の内面をえぐるアクションを描けるはずだ。次は、その藤井らしさを存分に織り込んだ進化形を期待したい。
そしてこの作品の最も評価すべき点は、「時代劇」というジャンルで若者層をターゲットにしている意欲だ。『将軍』は世界的にも評価され、時代劇の復権を予見させたが、若者世代への訴求という点では充分とは言えない。その意味で、『イクサガミ』はその空白を埋める可能性を秘めている。従来、時代劇は高齢層向けとされてきたが、この作品はNetflixというプラットフォームを通じて、世界中の視聴者、そして日本の若者にアプローチしている。戦国時代のリアルな美術や衣装に加え、スピード感のある演出と現代的な映像技術を融合させることで、古臭さを感じさせない仕上がりに成功している。
音響や照明の演出も見事だ。剣戟の音や呼吸音が強調され、視聴者は戦場の緊張感を体感する。暗めのトーンで統一された映像は、血と泥にまみれた世界観を際立たせている。こうした細部へのこだわりが、作品全体の完成度を押し上げている。『イクサガミ』は、日本のアクション表現の進化を象徴する作品であり、同時に時代劇の再定義を試みる挑戦作だ。Netflixが日本作品に求める“グローバル基準”と、日本独自の美意識――武士道的な所作、和の映像美、泥臭さと緊張感を重視するリアリズム――が見事に融合している。この作品は単なる娯楽を超え、日本映画が世界市場でさらに存在感を高めるための試金石になるだろう。
「Netflix公式HP」より


