【今日の新聞から】政治家に「品性」は必要か~法政大学前総長・田中優子氏のコラムから……小池百合子都知事の学歴詐称問題を報じないマスコミの「忖度」

今朝の新聞の法政大学・全総長の田中優子氏のコラムを読んで、いろいろなことを考えさせられた。
まず、政治家に「品性」は必要かということだ。
辞書によると「品性」とは、品位や道徳面から見た人柄を意味する。「品がある」とは、行動や振る舞いに洗練された美しさや上品さが感じられることを指し、内面の成熟度が外見や態度に表れることを意味している。
そうだとすれば、田中氏のコラムを読む限り、現東京都知事の小池百合子氏は「品性」という言葉からは到底ほど遠い方のようだ。
ポスター掲示板の問題や他候補の妨害をする行為も同様だ。「品性」がなさすぎる。同じ日本国民として恥ずかしい。世界の国々からはどう思われているのかとひやひやする。
「政(まつりごと)」は「祭りごと」から来ている。古くは、庶民の農作物の出来を占ったり、天に豊作を願う神聖なものだった。そこには、当然「品性」が必要になる。天や神も「品性」がない者に褒美をくれようとは思わないだろう。

重ねて、田中氏は問う。「政治家のうそ」を有権者はどう考えるのか、と。
うそをつく政治家はいらない。もちろん、私もうそをつくことがある。だが、私は政治家ではない。政治家たるもの、有権者にうそをついてはいけないのだと思う。もし、「うそをつく」という性癖があるのであれば、その人は政治家になるべきではない。学歴詐称や明治神宮外苑再開発問題で小池氏にうそがあったとしたら、有権者はそれを許してはならないのだ。
そしてもうひとつ、私が疑問に思うことがある。

なぜ、マスコミはこのことを追求しないのか。

そこには「自己規制」や「忖度」といった自主的な「メディア・コントロール」があるのではないだろうか。
品性がない政治家に忖度をするそんなマスメディアもまた、品性に欠けていると言えるのだ。

「日経BOOKプラス」より

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