【おススメ映画】必見!映画『ら・かんぱねら』は〝執念の〟作品~脚本家・洞澤美恵子氏の6年がかりの「意地」を見た

昨日、映画『ら・かんぱねら』を見てきた。東京は渋谷のユーロスペースでの単館ロードショーだが、超満員で、私が行ったときには残席4で、最前列の一番左端という大変見にくい場所しか残っていなかった。とても良い作品だっただけに、この視聴環境だけが悔やまれる。だが、逆に言えばそれだけ「好評」だったということなので、喜ばしいことだ。
この映画は、九州佐賀の有明海で海苔師一筋に生きて来たある男がある日、フジコ・ヘミング氏が演奏するフランツ・リストの「ラ・カンパネラ」を聴いて感動し身を震わせ、「この曲を弾きたい!」という一心で鍵盤に触れたこともなかったピアノの猛特訓をおこなうというヒューマンドラマである。
そしてこの映画に招待してくれたのが、この映画の脚本を手掛けた洞澤美恵子氏であった。洞澤さんとは、私がまだドラマのAPであった2002年に小杉健治氏原作の『絆』というドラマ(主演は何と!渡哲也氏)でご一緒したのが初めての出会いである。この『絆』はとにかく洞澤氏の脚本が素晴らしく、私は脚本を読んだだけでこころを震わせていた。「この脚本を渡氏が演じたら、唯一無二のドラマになる!」と確信したが、ちょうどテレビ東京制作への出向が決まってしまい、途中でスタッフから外れることになってしまった。そのことがずっと心残りになっていた。洞澤氏もそのことを気にしてくださり、何かにつけ連絡をいただいたり、子どもたちが大好きだとわかるとフルーツを季節ごとに送ってくださったりと、以来20年以上のお付き合いをさせていただいている。私は勝手に一方的に「姉」のように思っている存在だ。
そして『絆』のときの心震わせられた脚本が忘れられず、2020年と2021年の2度にわたって、同じく小杉健治氏原作の『当番弁護士』の脚本をお願いし、「プロデューサーー脚本家」という立場でのお仕事が再び実現した。
私のどうでもよい昔ばなしが長くなった。本題は『ら・かんぱねら』だ。
洞澤氏はこの映画の脚本を6年がかりで仕上げた。随分前から「映画の脚本を書いている」ということを聞いたり、お会いするたびに「いろいろ悩んでなかなか進まない」と仰っていたので、出来上がりを楽しみにしていた。
一言で、〝執念の〟作品だと感じた。
それは、洞澤氏の「6年がかり」という取り組みの長さもあるが、映画の内容も、そしてそれを演じる演者さんからも「執念」という言葉が最もふさわしいと思われる「気概」や「覚悟」が伝わってきたからだ。
「ラ・カンパネラ」を弾きたいとあきらめなかった主人公。そんな話を6年間もあきらめずに書き続けた洞澤さんと姿がだぶった。さらに、主人公を演じた伊原剛志氏はピアノの練習を1日6時間、数か月もしたという。その「執念」が映像からビシビシと伝わってきた。
この映画は実在の人物をモデルにしていると聞いて腑に落ちた。
洞澤氏の脚本が優れていると感じた点はいくつもあるが、特に以下の2点を挙げたい。
1.インサイティングインシデントの自然さ
脚本や構成上のきっかけを「インサイティングインシデント」と呼ぶが、このきっかけを描くのは意外と難しい。しかも、海苔師の男性が急にピアノを弾きたいと決意するという話だ。普通なら「唐突」で、正直言って「おもいつき」や「ひらめき」に近いため、この瞬間の気持ちをなかなか映像化する、可視化するのは難しい。だが、我々プロデューサーはこのインサイティングインシデントを「わかりやすくしてくれ」という無理難題を言うものだ。しかし、そこが洞澤脚本のうまいところで、近所の子どもたちにピアノを教えている妻の思いや過去のエピソード、そして体調が悪いことなどの出来事をうまくちりばめ、その要素たちに「きっかけ」を後押しさせるという技を使った。しかも、それは最初はわからない。観客は「なんでこの男性は急にピアノを弾きたくなったか?」と不思議に思って見ているのだが、実は「急に」言い出したのではないことが、のちのち判明してくる。この構成の組み方が「うまい!さすが!」と私を唸らせた。
2.日常のなかの「非日常」をうまく散りばめる
実は人間の日々の生活なんてものには、なかなか「特別なこと」なんて起こらない。それを無理やり「起こらせてしまう」から、〝わざとらしい〟脚本や〝無理やり感のある〟ストーリーになってしまう。だが、洞澤脚本にはそれがない。日常のなかのちょっとした「非日常」をうまく散りばめ、最終的に「ピアノになんか触れたこともない男が『ラ・カンパネラ』を弾けてしまう」というともすれば〝非現実な〟出来事を自然に見せることに成功した。これは見事だった。例えば、主人公の息子が〝急に〟帰ってくるという設定があるが、こういった日常のなかの「非日常」を採用し、「あいつはあきらめたから帰ってきたんじゃない」とその〝唐突に〟思える出来事を補足していった。主人公の妻の体調が悪いという出来事も、あえて深追いしない。これも洞澤脚本のなかでは日常のなかの「非日常」として処理され、それによってそのあとにやってくる「ピアノを弾けるようになる」という結末を自然の流れとして見せるという計算を巧みにしているのだ。
以上2点だが、「よく計算されつくされた」脚本と言えるだろう。
ここまで洞澤氏の6年越しの「意地」の結実について述べてきたが、最後に演者について話しておきたい。2点ある。
一つ目はもちろん、伊原氏の執念と頑張りは称賛に値する。よくアイドルや若い俳優の音楽もののドラマなどでは、顔と手元を別撮りしてごまかしたりするが、それが一切ない。伊原氏は本当に弾いている。
そして、もう一つは南果歩氏の演技が素晴らしいということだ。芯が強くもかわいらしく、愛おしい。その演技がよりリアリティさを深める効果があった。
〝拍手喝采の〟映画だ。2時間あまりがあっという間。ちなみに私は号泣でした・・・(特に、最後の方の夫婦2人のシーン)。
とりあえず、上映期間は23日㈮までとなっている。見逃さないでいただきたい。

映画『ら・かんぱねら』公式サイトより



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