【今日のタブチ】「電気料金が下がる」「安定的な電源」は嘘⁉―原発につきまとう「妄想」や「過信」―オリヴァーストーン監督と「こちら原発取材班」、それぞれの声をどう聴くか?
東京新聞の「こちら原発取材班」は、長期にわたる調査報道を進めている稀有な存在として評価に値する。
昨日の私のブログでは、オリヴァー・ストーン監督のドキュメンタリー映画『未来への警鐘 原発を問う NUCLEAR NOW』について私見を述べたが、ちょうど今日の記事でオリヴァーストーン監督の主張に対して結果的に疑義を呈する内容が紹介されていた(オリヴァーストーン監督の映画への「反論」として述べているというわけではないので要注意)。その論調は一刀両断で小気味がいいほどだ。
映画の中でオリヴァーストーン監督が「原子力を活用したほうがいい理由」として挙げていたのは、大きく以下の3つだ。
1.電気料金が下がる(安くて済む)
2.安定供給が可能になる
3.安全
これらに対して、「こちら原発取材班」は以下のように述べている。
1.さらに電気料金が安くなるという事実はない/実際は、柏崎原発を再稼働していないが、東電の経営努力で上昇分をカバーできている
2.むしろ〝不安定な〟電源/100万キロワット級の大きな出力がある一方で、地震や老朽化による点検の長期化で停止するとその分をカバーする電源を見つけるのは難しい
3.に関しては、今日の記事においては特に記述がなかったが、私は、オリヴァーストーン監督が述べる「交通事故や飛行機事故よりも確率が低い」という論拠は参考にならないと感じている。安全かどうかは、確率論の問題ではない。それが起こってしまったときの被害が甚大であることは、私たちは身にしみて知っているはずだ。それは、世界でも稀有な「経験者」であるからだ。原爆に関しても同じことが言える。
「経験者」である私たち日本人が、自らの考えで、どう考えられるか。それがいま求められている。原子力という選択肢の意味を、被曝の記憶や歴史的経験を踏まえ、独自に掘り下げる姿勢が問われているのではないか。
例えば、今朝の「こちら原発取材班」の記事の中には「現実には再生可能エネルギーを増やすことに力を入れれば、カーボンニュートラルを実現するのには十分」という記述があったが、このことに関しては私は疑問視している。
確かに、経済産業省の資料では、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて「再生可能エネルギーの最大限導入」が明記されており、政府方針としては再エネ中心の脱炭素化を目指している。また、IEA(国際エネルギー機関)のロードマップでは、2050年には世界の電力の約90%が再生可能エネルギーで賄われると予測されており、そのうち70%が太陽光と風力である。
だが、その反面、IEAの同レポートでは「再エネ90%」の実現には、太陽光発電容量を20倍、風力発電を11倍に増やす必要があるとされており、現実的には極めて困難な挑戦と位置づけられている。また、これはオリヴァーストーン監督も主張していたが、再エネは天候依存型であるため、安定供給には蓄電技術やバックアップ電源(例:水素・原子力・CCS付き火力=二酸化炭素回収・貯留技術付き火力など)の併用が不可欠とされている。日本の地理的条件では、洋上風力や地熱などのポテンシャルはあるものの、導入には環境・景観・コスト面など、導入の障壁となる要素は多岐にわたる。
物事には、メリットもあればデメリットもある。いかなる選択にも利点と課題が併存するのだ。
オリヴァーストーン監督が正しいのか、「こちら原発取材班」が正しいのか。その両方の意見にしっかりと耳を傾け、自ら思索し、判断する。それこそが、いま私たちに課せられている倫理的な問いなのだ。
「未来への協働」HPより