【今日のタブチ】石破・李在明会談で垣間見えた「対トランプ」という外交発言の責任の大きさーその言葉は誰のためなのか?
文在寅氏以来の革新系大統領として来日した李在明氏。過去の対日強硬発言を完全に封印し、国交正常化60年を迎えた両国関係の強化をアピールした。良好な日韓関係を活用したい石破茂首相との思惑が重なったかたちだが、共通の課題として挙げた「トランプ米政権への対応」という点において、気になったことがあった。それは、「対トランプ」という表現だ。この言葉は、外交の場においては慎重さを要するものであり、相手の感情を刺激しかねない危うさを孕んでいる。なぜ両者はトランプ政権に対して、このような表現を選んだのか? その思惑の裏にあるものを検証してみた。
石破氏の思惑という点においては、私は二つに絞られると考えている。
第一に、国内での存在感が希薄になっている自身の立場を、国際社会において再演出すること。党内での求心力を失い、首相としての影が薄れつつある中、韓国との関係改善という外交カードを使って、外からの評価を内政に還元しようとする試みは、彼の現実主義的な政治スタイルの延長線上にある。革新系の李在明氏との会談は、保守・革新を超えた「実利外交」の演出にもつながり、国内の支持基盤とは異なる文脈での存在感を示す機会となる。
第二に、半導体やエネルギー分野におけるアメリカの勢いを牽制したいという意図がある。米国はCHIPS法(国内半導体産業への巨額支援を柱とする戦略法)などを通じて、半導体製造の国内回帰を進めており、韓国・台湾・日本の技術力を取り込みつつも、主導権を握ろうとしている。これに対し、日本企業も着実に動いている。たとえばJX金属は、韓国・台湾・中国・東南アジア諸国において、半導体関連素材の製造・供給拠点を拡充しており、アジア全体での技術連携を強める動きを見せている。現に、JX金属の株価は直近5日間で約5.5%上昇し、8月25日時点で年初来高値を更新している。こうした民間の流れを政治的に後押しするかたちで、石破氏は日韓の協力を通じて「アジアの技術連合」のような構図を描き、米国一極集中への牽制を意図している可能性がある。エネルギー分野でも、米国のLNG輸出やグリーン政策がアジア市場に影響を与えており、日韓連携による地域的自律性の確保が狙いと見てよい。
こうした文脈の中で、両首脳が共通課題として挙げた「トランプ米政権への対応」という表現には、別の意味での緊張が潜んでいる。トランプ氏は感情を外交に持ち込む傾向が強く、語彙の選択ひとつで関係が揺らぐ可能性がある。だからこそ、「対トランプ」という言葉には、単なる立場表明を超えた政治的リスクが含まれている。では、なぜあえてその表現を使ったのか。
それは、両首脳が自国民に対して「米国に対しても言うべきことは言う」という姿勢を見せたかったからではないか。また、トランプ氏の再登場を見越して、現政権との関係を再定義する必要があるという現実的な判断もあるだろう。さらに、米国との関係が一方的でないことを示し、対等なパートナーシップを志向する姿勢の表明でもある。
このように、外交の場で用いられる言葉は単なる情報伝達の手段ではなく、政治的意志や戦略を映し出す鏡である。とりわけ、情報が瞬時に拡散され、言葉が切り取られ、文脈を離れて消費される現代においては、政治家の語彙選択や表現力のセンスがかつてないほど問われている。言葉の選び方ひとつで、相手を怒らせたり、誤解を与えたりする。だからこそ、一国のリーダーには、言葉の力と危うさを理解し、語彙の一つひとつに責任を持つ才覚が求められるのだ。まさに「政治はセンスが大事」と言われる所以である。
センスとは、単なる言い回しの巧みさではなく、言葉が持つ余韻や影響力を見極め、状況に応じて最適な語彙を選び取る感性と判断力のことだ。そして私たち国民もまた、外交の当事者ではないにせよ、自国のリーダーが国際社会でどのような言葉を選び、どのような関係を築こうとしているのかに、もっと敏感であるべきなのかもしれない。外交とは、言葉による戦略であり、言葉による信頼の構築でもある。その重みを、私たちは見過ごしてはならない。
「時事ドットコム」より