【今日のタブチ】演劇で「想像力」を育む――田中昌司氏の「脳内劇場」論と本学・桜美林大学の先見的な実践
演劇やオペラを体験するとき、私たちの脳内には「もう一つの舞台」が立ち上がる——そう語るのは、脳科学者・田中昌司氏である。演じる者も観る者も、舞台の上で繰り広げられる物語をただ受け取るのではなく、自らの脳内で再構築し、登場人物の感情や関係性を想像し、演じ直す。田中氏はこの営みを「脳内劇場」と呼び、そこに生まれる力を「力強い想像力」と位置づける。
この「力強い想像力」という言葉に、私は心の中で深く頷いた。本学・桜美林大学の授業でも繰り返し伝えてきたことがある——「想像」する力こそが、すべての「創造」の根幹であると。私の授業は映像系のものだが、制度や評価の枠を超えて、他者の声を聴き、自分の内側に響かせる力は、演劇という場においても、根源的な学びのかたちなのだ。
田中氏の論文「脳科学で観る演劇の『もう一つの舞台』」では、ミラーニューロンの活性化や、脳内でのシーン構築、自己と他者の交錯といったプロセスが詳細に語られている。観客はただ物語を追うのではなく、脳内で物語を再編成し、登場人物の感情を自らの身体で模倣し、他者の視点を生き直す。演劇とは、脳の中で社会を再構築する営みなのだ。
こうした発想は、映像メディアの分野では比較的早くから研究されてきた。たとえば、MRIを用いた研究では、視覚的な映像を見たときと、それを思い浮かべたときの脳活動が、第一次視覚野など共通の領域で活性化することが確認されている。また、AIのニューラルネットワークを用いた実験では、人間の脳が視覚と想像をほぼ同様のプロセスで処理していることも示されている。こうした研究は、映像が脳内でどのように再構成されるかを科学的に裏付けてきたが、演劇という身体性と即興性を伴う場において、想像力を中心に据えた脳科学的研究は極めて稀である。田中氏のアプローチは、演劇研究の地平を押し広げる稀有な試みであり、教育・福祉・芸術の交差点に新たな光を投げかけている。
この「脳内劇場」の営みは、実は私が属する桜美林大学・芸術文化学群の演劇・ダンス専修においては、田中氏の理論が公に語られる以前から、すでに実践されてきた。OPAL(Oberlin Performing Arts Lessons)では、学生がプロの演出家とともに舞台を創作し、観客との関係性を意識した作品づくりに取り組む。ファシリテーション演習やアウトリーチ活動では、地域や福祉施設との交流を通じて、他者理解と感情の共有が教育の核となっている。一般市民と学生のコラボによって、「脳内劇場」を活性化する試みもおこなわれている。これらの実践は、田中氏の理論が示す「脳の可塑性」や「力強い想像力」の育成と、深く響き合うものであり、桜美林の取り組みがいかに先見的であったかを、改めて証明している。
演劇は、制度化された教育の枠を超えて、身体と感情を通じて深い学びが生まれる場である。そこでは、語りの主体性が回復され、他者の経験や感情という声が、自らの身体を通して語られはじめる。田中氏の「脳内劇場」論は、その営みに科学的な根拠を与えると同時に、教育の未来に向けた問いを投げかけている。
想像する力を育むこと——それは、決して容易な営みではない。
けれども私は、その困難さにこそ、教育の本質が潜んでいると感じている。
だからこそ、これからも、その問いに向き合い続けたいと思う。
「藤田彩歌氏Amebaブログ」より