【おススメ書籍】「脳科学」の“不思議”に触れる2冊――『生きがいの見つけ方』と『幽霊の脳科学』で実感する《読書の喜び》
「脳科学」の不思議と奥深さを教えてくれる書籍2冊に出会った。どちらも新書だ。最近、新書のクオリティが高い。各社、しのぎを削って頑張っている。
「本を読むこと」の喜びとは何か。それは、自分の知らないことを教えてくれたり、気づかせてくれることだと私は認識している。そういった意味では、本書はさまざまな「発見」をさせてくれた。私たち日本人は人生をはじめとする物事の意味を、外部基準に明け渡さないという(いわゆる「こうあらねばならない」という)思い込みに支配されている。そんな日本人的な感覚から自由にしてくれたのだ。
まずは、茂木健一郎著『生きがいの見つけ方 生きる手ごたえをつかむ脳科学』(PHP新書)である。以下に、印象的な記述を抜粋したい。
・「生きがい」は海外では「ikigai」と表記され、浸透している。それは、ほかの言語には完全に一致する言葉がなく、日本文化において極めて本質的な概念であるからだ。
・「生きがい」は、AIとの共生が進む中で、日本が世界に向けて発信すべき文化的価値のひとつである。
・私たちの「意志」は、無意識の決定の後追いである。
・生物の正答率は8割で、それは生き残るための「生存戦略」である。
・自由とは「矛盾」することだ。自由意志の本質は「矛盾」を内包することにある。だから、「朝三暮四」は大いに結構。
・無意識を「培う」ことが大事。無意識を培うとは、潜在意識を呼び起こすことだ。
そして多くの知らなかった言葉も知識となった。
偶然の発見や幸運を表す「セレンディピティ」や、「カオス論理」の一部である「バタフライ・エフェクト」、AIがもっともらしく間違うこと「ハルシネーション(幻覚)」は知ってはいたが、指標が目標化してしまうとその指標は正しく機能しなくなるという「グッドハートの法則」、創造性の世界で何か新しいアイデアを思いつく瞬間「アハ体験」、やってはいけないことをやりたくなる現象「アイロニック・プロセス理論」、ぼんやりしているときに活性化する脳のネットワーク「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」などは、初めて聞いた。勉強になる。
「セレンディピティ」をつかむための3つの秘訣は、「Action(行動)」「Awareness(気づき)」「Acceptance(受容)」であるという茂木氏の主張は、腑に落ちた。何事も行動をおこさないことには始まらない。また、行動によって何かに気がつき、それを拒否するのでなく受け止める。発見や幸福は、自分からは舞い込んでくれないのだ。
茂木氏が本書で説く、『生きがい』とは、生きている『実感』そのものだという教えには、深く頷かされた。何かをしたいから、何かを楽しみにしているから…それらはすべて、生きている実感を得るためにおこなうのだし、それらが実現したときに「生きがい」を感じるのだ。生きていることは手段ではない。啓蒙の多い有意義な書であった。
次は、古谷博和著『幽霊の脳科学』(ハヤカワ新書)だ。
本書は、「幽霊はなぜ寝入りばなに見ることが多いのか」「寝ているときに見るのもなぜか」などの疑問をきっかけに、日本の昔からの文献や目撃例などの特徴を紐解き、科学的見地から検証してゆく。
「なぜ子どもには、幽霊やお化けのような幻覚が起きやすいのか」という下りは、興味深かった。脳組織のハードウェアとソフトウェアのミスマッチだというのだ。神経細胞の情報を送るシナプスなどの回路が完成するのは、20歳代頃。そのため私たちの記憶力や創造力が最高の機能を発揮するのは、10歳代終わりから20歳代はじめと考えられる。脳は生まれてから3歳ころまでの間にハードウェアはほぼ完成しているが、ソフトウェアが完成するのは20歳代なので、幻覚などの感覚的なミスマッチが起こる。「なるほど」と腑に落ちた。
また、第5章の「人類は高次脳機能が発達したことで幽霊を見るようになったのか?」では、人類に認知機能の変化が起こった仕組みについて、詳細な説明が繰り広げられる。ユヴァル・ノア・ハラリ氏が『サピエンス全史』で記しているように、私たちの祖先と考えられるホモ・サピエンスに起った「認知革命」は「部族の精霊」や国民・国家、有限責任会社という概念、人権といった、現実には存在しないものについての情報を伝える能力を獲得したことを指す。古谷氏は、この認知革命の過程で人類は高次脳機能を獲得し、そのことによって、幻覚を見るようになったと主張する、「高次脳機能」とは、言語、認知、判断、記憶、注意、行動、感情など、人間が知的な活動を行うための大脳の高度な機能の総称である。
そして本書では、最終的に「怪談の3分の2は神経学的に説明できる」と結論づける。幽霊を見る人は、精神疾患や神経変性疾患を抱えている可能性があるという。脳神経内科医としての見地、考察ではあると思うが、私としては脳神経内科医としての冷静な分析には納得しつつも、どこか“ロマン”を奪われたような気持ちにもなった。例えば、幽霊や実在しない人物や現象を見たあとに、目が覚めるととても危険な状況を回避していることが多いということを考えると、「幽霊を見る」ということは、ある種の人間の《防衛本能》なのではないかとも思えてくるからだ。また、3分の2ということは残り3分の1はどうなのか、という疑問も湧いてきた。そのあたりは、別途詳しく知りたいと思った。
以上、どちらも「読んでよかった」と思える本だ。そして、知らないことを教えてくれ、気づかせてくれた。「発見」があり、「思い込み」を覆してくれた。「脳科学」の本を意識して探したわけではない。たまたま新刊で「おもしろそうだ」と思って買った本が続けて、「脳科学」関連だったのだ。
これも「セレンディピティ」なのだろう。
写真は両者とも「Amazon」商品HPより