【おススメ作品】Netflixのドキュメンタリー『ナイトメア・オブ・ネイチャー』は単なる《ネイチャーポルノ》ではない――自然界の“恐怖”を描く新ジャンル「ホラードキュメンタリー」誕生!
Netflixのドキュメンタリー『ナイトメア・オブ・ネイチャー 自然が魅せるホラーな世界』を見た。
主役はウシガエル、ネズミ、アライグマ。彼らが天敵に襲われ、捕食されるかというハラハラドキドキの展開が続く、非常に優れた作品だった。よく撮ってるなぁ……と、思わず唸った。
この作品は、自然界の「被食者」の視点から描かれるサバイバルホラーだ。ワニの口が迫る瞬間、蛇が忍び寄る気配、アライグマが暗闇で何かに気づくその一瞬。まるでホラー映画のようだ。ウシガエルがワニや蛇に、ネズミが鷹に、アライグマが犬に襲われそうになると、思わず「危ない!逃げろ!!」と叫んでしまう。これは単なる自然ドキュメンタリーではない。ホラー映画の語法で構成された、まったく新しいジャンルの「ホラードキュメンタリー」だ。
制作は、あの『インシディアス』などを手がけた映画製作会社ブラムハウス。
なるほど、だからか。恐怖の演出に長けた彼らが、自然界の弱者たちの視点から「生き延びることの恐怖」を描くと、こうなるのかと納得した。ブラムハウスは、低予算ながら強烈なインパクトを持つホラー映画で知られ、『パラノーマル・アクティビティ』『ゲット・アウト』『ザ・パージ』シリーズなど、ジャンルを刷新する作品を次々と世に送り出してきた。そんな彼らが、今度は自然ドキュメンタリーにホラーの語法を持ち込んだのだ。
私自身、動物ドキュメンタリーの現場を経験してきたからこそ、この作品の凄みが骨身に染みる。インドで野生のベンガルタイガーを追ったときは、3週間かけて得られたのは足跡だけ。アメリカでレッドウルフを撮影したときも、3週間で撮れたのはフンだけだった。自然の中で「その瞬間」を捉えることが、どれほど困難かを知っている。
アメリカの動物ドキュメンタリー制作では、スタジオに自然環境を再現し、じっくりと撮影する手法が広く採用されている。これは、野生下では捉えにくい生態や微細な動きを、制御された環境で確実に記録するための工夫だ。
たとえば、BBCの『プラネット・アース』シリーズでは、アリの巣の内部構造を撮影するために、巨大で透明な容器を用意し、巣の断面を再現している。ナショナルジオグラフィックの昆虫ドキュメンタリーでは、羽化の瞬間を捉えるために、温度・湿度を管理したスタジオで数週間かけて撮影を行う。さらに、『Our Planet』では、ペンギンの子育てを観察するために、スタジオ内に氷と雪を再現し、ファミリーを棲ませて長期撮影を行った事例もある。
こうした手法によって、極端なクローズアップやスローモーション、タイムラプスなどの映像表現が可能になり、視覚的な美しさと科学的な精度を両立させている。もちろん、倫理的な配慮や動物福祉の観点から、撮影環境の設計には細心の注意が払われている。
このようなスタジオ撮影は、自然の「再現」と「演出」の境界を探る試みでもあり、ドキュメンタリーの表現技法として確立された一分野といえる。
緻密な撮影と壮大な自然の引きの映像を組み合わせることで、映像美を極限まで追求する手法は、そのあまりの完成度ゆえに、「ネイチャーポルノ」と揶揄されることもある。自然の美しさを過剰に演出し、現実の厳しさや偶然性を排した「作られた自然」ではないかという批判だ。
しかし、自然は美しいだけではない。そこには、常に「死」が潜んでいる。
『ナイトメア・オブ・ネイチャー』もスタジオ部分と自然界での撮影を組み合わせて作られているが、そういった既存の美学とは一線を画す。映像美よりも、命の危機にさらされる瞬間の動物の「感情」にフォーカスしている。生きることの恐怖、逃げることの必死さ、そして捕食されるかもしれないという緊張感。それらを、ホラー映画の語法で描き切ったこの作品は、まさに新しい地平を切り開いたと言える。
特に感嘆したのは、高速度カメラによる撮影だ。ボウフラの羽化やゴキブリのふ化のシーンは、まるでCGかロボットかと見まがうほどの精密さ。だが、これは実写だというから驚きだ。1秒間に数千フレームを捉えるこの技術によって、肉眼では捉えきれない生物の動きがスローモーションで浮かび上がる。これだけでも、この作品を見る価値がある。気持ち悪いが、恐ろしいまでの「美しさ」だ。
ナレーションを担当するマヤ・ホーク氏(日本語版ではマキ・ホークと表記されることもある)の語りも秀逸だ。変に肩ひじ張らず、傍観者に徹しているため、邪魔にならず、それでいて少しコミカル。緊張感の中に、うまく緩和の余白を作ってくれている。
ただ、どうしても気になるのが邦題のセンスだ。「自然が魅せるホラーな世界」……うーん、ベタ過ぎる。原題『Nightmares of Nature』の持つ皮肉と恐怖のニュアンスが、どうにも薄まってしまっている。もう少し工夫の余地があるのではないか。
とはいえ、そんなタイトルの瑕疵を補って余りあるほど、この作品は新鮮で、挑戦的で、そして何より面白い。自然の「美しさ」ではなく「恐ろしさ」に焦点を当てたこのシリーズは、自然ドキュメンタリーの新たな可能性と「地平」を切り拓いてくれた。生き延びることのドラマを、ホラーの語法で描くという発想。これは、ドキュメンタリーの未来を暗示する一作かもしれない。
ぜひ、ご覧になってみてほしい。
「Netflix公式」HPより