【今日のタブチ】“顔を奪われる”時代――芸能人も一般人も狙われる性的《ディープフェイク》……現行法の限界を超える「新たな規制」を提案する
ディープフェイク技術がもたらす脅威が、いよいよ現実の事件として顕在化している。
2025年10月、警視庁は会社員の横井宏哉容疑者(31)を逮捕した。彼は生成AIを用いて、女性芸能人やアナウンサーなど262人以上の性的画像を約2万枚作成し、月額制の有料サイトで販売していた。売上は約120万円に達していたという。画像は実在の人物の顔をAIに学習させ、裸体と合成することで生成されたもので、本人がそのような写真を撮った事実は一切ない。にもかかわらず、画像は極めてリアルで、見る者に「本物」と誤認させる力を持っていた。
実際、広瀬すず氏や橋本環奈氏、白石麻衣氏といった人気女優の顔を無断で使用した性的画像が、海外の違法サイトやSNS上で拡散されている。これらの画像は、本人が一切関与していないにもかかわらず、視覚的なリアリティが高く、ファンや一般視聴者に「本人が出演している」と誤解される危険性がある。
さらに、ジャニーズ所属の男性タレントや、スポーツ選手、アナウンサーなども標的となっており、性別を問わず被害が広がっている。2025年には、タレントのゆきぽよ氏がテレビ番組で自身のディープフェイク被害を告白し、「怖くて見られなかった」と語ったことが話題となった。こうした事例は、芸能活動への影響のみならず、精神的苦痛や社会的信用の毀損という深刻な問題を浮き彫りにしている。
これらの事件は、芸能人という「公の顔」を持つ人々が標的となった点で注目されたが、実は被害は一般人にも広がっている。
九州地方では、女子児童がコンビニで盗撮され、その写真をもとに性的ディープフェイク画像が生成された事例が報告されている。卒業アルバムの写真を悪用し、児童の顔と別人の裸体を合成する手口も確認されており、もはや「有名人だから狙われる」という時代ではない。誰もが被害者になり得る状況が、静かに進行している。
では、こうした行為に対して、現行法はどこまで対応できるのか。
現在、主に適用されているのは刑法175条のわいせつ物頒布等や刑法230条の名誉毀損、民事上の肖像権・プライバシー侵害などである。しかし、これらの法律は「画像がわいせつかどうか」「本人と誤認される程度の類似性があるか」「頒布の事実があるか」など、極めて限定的な条件に依存しており、実際の立証は困難を極める。加害者が匿名で、海外のサーバーを使っている場合、捜査の実効性も著しく低下する。
法の空白は、技術の進化に法制度が追いついていないことに起因する。現行法は、あくまで「わいせつ性」や「頒布の事実」に焦点を当てており、「似せること」自体を禁じる規定は存在しない。つまり、本人に似せた画像を生成することそのものは、現行法では違法とされない可能性があるのだ。
こうした状況を踏まえ、私は以下のような斬新な提案をしたい。これらは単なる法改正ではなく、制度設計そのものを問い直す視点である。
まず、規制の対象を「生成物」ではなく「生成行為」に転換するべきだ。画像が生成されたという行為そのものを規制対象にすることで、より早期に介入が可能になる。たとえば、本人の顔をAIに学習させる行為を「準犯罪」として扱うことで、生成前の段階で抑止力を働かせることができる。
次に、生成AIの使用履歴を一定期間保存・提出可能にする義務を、プラットフォーム側に課すべきだ。画像生成時のプロンプト、使用モデル、IPアドレスなどを記録することで、匿名性の壁を突破し、捜査の実効性を高めることができる。
さらに、肖像権を超えて、顔そのものを知的財産として扱う「顔の著作権」概念の導入も検討に値する。芸能人や一般人が自分の顔の「使用ライセンス」を管理できるようにすれば、AI時代における人格の保護を著作権法的に制度化する道が開ける。
また、AI生成物に関する苦情・通報を受け付け、第三者機関が倫理的妥当性を審査する「AI倫理監査機関」の創設も有効だ。司法とは別のルートで迅速な対応が可能となり、被害者の心理的負担を軽減できる。
被害者救済の観点からは、「ディープフェイク保険」の制度化も考えられる。芸能事務所や学校が加入し、被害者に補償金を支払う仕組みを整備すれば、社会的安心感を提供できる。
最後に、生成AIが作成した画像には、不可視の透かし(ウォーターマーク)を義務化することも重要だ。画像のメタデータに「AI生成」の情報を埋め込むことで、真偽判定が容易になり、拡散防止に寄与する。
ディープフェイクは単なる技術ではない。それは、人間の倫理観を映す鏡であり、社会の制度的成熟度を問う試金石でもある。法整備だけでなく、教育・啓発・技術的対策を含めた総合的な対応が求められている。私たちは、技術の進化にただ驚くのではなく、それにどう向き合うかを問われているのだ。
「日本経済新聞デジタル」より


