【おススメドラマ】桜美林大学生が《体験知》を得た日韓共同制作――Netflix『匿名の恋人たち』で、ハン・ヒョジュが魅せる“目の演技”の奥に潜むテーマとは?
『匿名の恋人たち』を見た。
本作は日韓共同制作のNetflixオリジナルドラマである。その制作現場には、本学・桜美林大学の私のゼミの学生が、お手伝いとして参加させていただいていた。これは、ドラマ制作を手掛けていたリキプロジェクトの社長・永井拓郎氏と、当時のプロデューサー・大崎真緒氏のご厚意によるもので、リキプロジェクトと私のゼミが共同で「長期プロデューサー育成プロジェクト」を立ち上げたことがきっかけとなっている。
経営学者・田坂広志氏は、「第四次産業革命が進みAIが普及してゆく時代には、教科書や参考書から学ぶ単なる『文献知』よりも、実体験や映像体験から学ぶ『体験知』こそが大切になってゆく」と著書『未来を予見する「五つの法則」』(光文社新書、2025年)で述べている。「体験知」は「暗黙知」とも言い換えられる。まさに、前述の「長期プロデューサー育成プロジェクト」はそれを体現したものだ。学生たちは、現場での実践を通じて、教室では得られない深い学びを得たことだろう。
『匿名の恋人たち』は配信開始直後から話題を呼び、Netflix日本ランキングでは堂々の1位を獲得。さらに、FlixPatrolのグローバルTV部門チャートでは最高7位にランクインし、台湾、タイ、ブラジル、インドネシアなど13カ国以上でトップ10入りを果たした。日韓共同制作という枠を超え、グローバルな視聴者の心をつかんだこの作品は、まさに“匿名”の感情が国境を越えて共鳴した証と言えるだろう。
さて、前置きが長くなったが、作品の内容に入りたい。
『匿名の恋人たち』は、「人に触れられない」製菓メーカー御曹司・壮亮(小栗旬)と、「人の目を見られない」天才ショコラティエ・ハナ(ハン・ヒョジュ)の不器用な恋を描くラブコメディである。互いに秘密を抱える二人が、チョコレートを通じて心を通わせ、ぶつかり合いながらも惹かれ合っていくさまが描かれる。全8エピソードから成り、そこそこ長いが、一気見してしまった。それは、間違いなくハナを演じるハン・ヒョジュ氏の魅力に取りつかれたからだ。
もちろん、小栗旬氏の演技も素晴らしく、安定感があり安心して見ていられた。しかし、くるくると目まぐるしく変化するハナの表情からは目が離せなかった。何より、“目の”演技が見事だった。ハナは「人の目を見られない」という対人恐怖症的な設定を持つキャラクターだ。だからこそ、視線を逸らす、おどおどする、戸惑う、驚く――そうした“目の動き”が強調される。ハン氏はそれらを繊細に演じ分け、視聴者がハナの感情や心の揺れを読み取れるように工夫していた。その巧みさは、単なる演技力にとどまらない。むしろ、“視線”というテーマそのものが、現代社会における「見られること」の重圧――つまり監視社会の息苦しさを象徴しているという骨子を、ハン氏自身が見抜き、しっかりと理解して、撮影に臨んだからだと言えるだろう。
そして、その繊細な演技を支えていたのが、脚本協力として参加した岡田惠和氏の言葉の力だ。
岡田氏は『ひよっこ』『いま、会いにゆきます』などで知られる脚本家で、日常の中にある感情の揺れを、決して説明的にならずに描く名手である。私も石原さとみさんが第26回アジア・テレビジョン・アワードで最優秀女優賞を受賞した『人生最高の贈りもの』ほか、いくつもの作品で岡田氏とご一緒して、その秀逸さはよく知っている。本作でも、ハナの不器用な言葉遣いや、壮亮とのぎこちないやりとりに、岡田氏らしい“間”と“余白”が感じられた。せりふが感情を押しつけるのではなく、視聴者がその裏にある思いを汲み取れるように設計されている。ハン氏の“目の演技”と岡田氏の“言葉の演技”が、見事に呼応していた。
現代は、誰もが“見られること”を意識せざるを得ない時代だ。SNSのタイムライン、監視カメラ、アルゴリズムによる可視化――私たちは常に“視線”の中にいる。作品タイトル『匿名の恋人たち』が示す“匿名性”も、監視社会へのささやかな抵抗として読み解くことができるかもしれない。
ここで、原題についても触れておきたい。『匿名の恋人たち』は、2010年のフランス=ベルギー合作映画『Les Émotifs anonymes(匿名レンアイ相談所)』のリメイクである。原題の“匿名”は、感情をうまく表現できない人々が、匿名で相談するという設定に由来しており、Netflix版もその精神を受け継いでいる。つまり、“匿名”とは単なる身元の隠蔽ではなく、感情を守るための装置であり、自己防衛の手段でもあることを表現している。
ハナの目に宿る揺らぎは、そんな“匿名の感情”の象徴だ。見られることに怯えながらも、誰かに見つけてほしい――そんな矛盾を抱えたまなざしが、私たちの心に静かに届いてくる。
また、ハン氏の日本語の流暢さにも驚かされた。報道によれば、彼女は1年以上日本に滞在し、日本語を習得したという。その自然な日本語のおかげで、感情移入が妨げられることもなく、物語に没入できた。
最後に、学生たちの視点にもう一度立ち返りたい。彼らはこの作品の制作に関わり、名優たちの演技、現場の緊張感、そして作品が生まれる瞬間の空気を“目撃”した。彼らの“目”に映ったものが、これからの創作や人生にどう生かしていくのか――それは、教育者としての私にとっても大きな楽しみである。彼らがいつか“見られる側”として物語を紡ぐ日を、心待ちにしたい。
「映画.com」より



