【今日の新聞から】力道山の試合は「ヤラセ」の元祖か?

今朝の新聞には興味深い箇所があった。「スポーツ探偵」というコラムの「力道山×生中継70年 テレビの未来を拓いたプロレス」という記事のなかの一文だ。以下に抜粋する。


力道山も存分に満足したようで、自伝「力道山 空手チョップ世界を行く」(日本図書センター)の中で、「私はこの試合に画期的なことをやった。それは日本に生まれて間もないテレビとのタイアップである」「プロ・レスリングこそもっともテレビ向きの大衆スポーツと信じます」と誇らしげに記している。

敗戦の意気消沈とした雰囲気を盛り上げ、国民を鼓舞したスポーツ。なかでもプロレスは力道山を筆頭に絶大な人気を誇っていた。私は、力道山が外国選手をバッタバッタと倒すさまに、観客がアメリカを見返したいという思いを重ね、留飲を下げる役割を担ったと解釈している。
「相互発展してきたテレビ局とスポーツ」については自著『混沌時代の新・テレビ論』の189ページ以降でも指摘しているが、今日の記事はまた新しい視点からの発見があった。
それは上記の抜粋の「私はこの試合に画期的なことをやった。それは日本に生まれて間もないテレビとのタイアップである」という部分である。「テレビとのタイアップ」とは何か?
そう考えたとき、「プロレスはスポーツではない、ショウビジネスだ」という文章が脳裏に過ったのである。力道山の言葉は、戦後のプロレス中継がテレビの歴史における「ヤラセ」の最初であり、それを仕掛けたのが力道山だという証拠ではないだろうか。
私は「ヤラセ」という言葉が嫌いだ。無理に「やらせる」という意味から来ているので「ヤラセ」なのだろうが、それのどこが悪いのかという思いもあるため、日本語の語源である「やらせ」ではなく、「ヤラセ」と記号的に表記するようにしている。
「ヤラセがいいか悪いか」という「ヤラセ論」はさて置き、力道山のこのときの思いは、前述したように「プロレスを盛り上げたい」そしてそれによって「日本の人々を勇気づけたい」という純粋なものだったに違いない。
おもしろい「発見」であった。

新橋駅前の街頭テレビを見に集まった人々
「東京新聞Tokyoweb」HPより
1962年8月、十八番の空手チョップを見舞う力道山
「東京新聞Tokyoweb」HPより

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です