【今日の新聞から】悪い人だって電車に乗る権利がある

コラムニストの伊是名夏子氏のコラムを読んで、衝撃を受けた。コラムは最初にある親御さんの話から始まっていた。
息子が携帯電話のトラブルばかりを起こすのでメールのやり取りをチェックしているという親御さんに、伊是名氏が「いつまでそれをやるの?」と聞いたら「親のお金で携帯を使っている間はチェックする」と答えたというものだった。それを聞いて伊是名氏は、私の状況と似ていると感じたという。
伊是名氏には障害がある。障害を抱えている人はいつも周りに感謝して丁寧であらねばならない、そう言われているようだとに感じることが多いという。「障害者だと周りから親切にしてもらっている人は、周りに感謝しろ」という考え方は、「携帯のお金を払ってもらっているうちは、親に感謝しろ」という考え方と構造が同じだ。そして伊是名氏が次に語っていた言葉に衝撃を受けたのだ。

「いい人だって、悪い人だって、電車に乗る権利はある。自分には乗せてもらえる権利があるのかどうかを考えながら乗る人はいないはずだ」

なに不自由なくすべての権利を享受している私には、目からうろこの言葉だった。障害者だから助ける、そして感謝を強要する。そういった傲慢な考え方が私の中にないか?と問われると、正直私は強く頷くことができない。この携帯のやり取りのようなことをいつも息子に言っているからだ。そして「悪いことをする人は電車に乗る権利がない」と無意識のうちに思ってしまっている自分にも気がつかされた。恥ずかしいことだ。
そういった考え方が「他人への強制」や「親切の押し売り」に発展し、いつの間にか「無意識な差別意識」に繋がってゆくのではないか。そう考えさせられ、衝撃を受けたのだ。

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