【おススメ書籍】ノーベル文学賞候補・多和田葉子の『献灯使』――ハシビロコウが表紙に選ばれた“深い理由”

今週は五島列島・奈留島でフィールドワーク研究の撮影に出ており、少々バタバタしていた。『毎日書く』という私のブログの信条も少し疎かになっていたが、その理由はフィールドワークだけではない。
読んでいた本があまりに素晴らしく、ほかのことが手につかないほどだった。

その本とは、多和田葉子氏の『献灯使』である。
多和田氏と言えば、日本語・ドイツ語で小説を執筆する芥川賞作家だ。『犬婿入り』(1993年)で芥川賞を受賞後、2006年よりベルリン在住。
ノーベル文学賞の候補者は50年間公表されないため“噂”の域を出ないが、ヨーロッパのブックメーカーでは村上春樹氏に次ぐ候補の一人として名前が挙がると言われている。日本語とドイツ語の両方で創作する作家で、作品によってはドイツ語で書き、それを自ら日本語に訳し直すこともあると聞いて、その稀有な手法に魅かれ、『ぜひ読まねば』と前から気になっていた。

『献灯使』は、大災厄後の荒廃した“鎖国状態の日本”が舞台である。老人は百歳を過ぎても元気で、子どもは歩く体力すらない。動植物は激減し、生態系は崩壊寸前——外来語も自動車もインターネットも消えたディストピアである。死を奪われた老人・義郎と体が弱く美しい曾孫・無名が主人公だ。
まず、未来の日本や社会を予見するような設定に引き込まれた。70歳代は「若い老人」と呼ばれる。「診断」は「死んだ」と響きが似ているので使われない。「ジョギング」などの外来語は消えた。「Made In Iwate」の「Made」は英語なので「まで」と読む。だから「岩手まで」。祝日も「勤労感謝の日」は働きたくても働けない老人を傷つけないために「生きているだけでいいよの日」と呼ばれるようになったり、すっかり廃れてきた性交を奨励するために「枕の日」が設けられたり――などなど、そのユニークな設定には枚挙に暇がない。
言葉の表現が、宝石のように輝いている。
紙の上で、“至極の”言葉が鼓動していた。
「朝日が“溶けたタンポポみたいに”黄色く流れ込んでくる」「柱時計がボンボンと“殴りかかってきた」などの比喩表現が特に見事だ。これらの発想はどこから来るのかと不思議に感じ、それがまた“愛おしい”。ドイツ語で作品も手がける作家だからなのか、その比喩はどこか異国の空気をまとっている気がする。
想像力を掻き立てられる表現に、読んでいて、思わずため息が止まらなかった。読み終えるのが、残念で仕方がなかった。そんな作品だ。

そして、ちょうど読み終わろうとした今朝。新聞を読んでいて、またある偶然というか、何かの“啓示”のように思える出来事を「プレゼント」としてもらった。
紙面には、アフリカ中央部の湿地帯を主な生息地とし、「木ぐつのような」と表現される巨大なくちばしと鋭い目を持つハシビロコウの記事があった。“動かない鳥”として知られるハシビロコウ(絶滅危惧種)の繁殖に、千葉市動物公園が本格的に挑むという内容だった。繁殖に成功すればベルギーや米国に続く世界4例目で、アジアでは初となる。ただ、この鳥は縄張り争いが激しく、雄雌でも争うという。
この園にいるハシビロコウは推定20歳の雄「じっと」と36~38歳の雌「しずか」の2羽。「じっと静か」に繁殖の瞬間を待つ・・・ダジャレのような名前だが、なぜこの鳥の記事に目が向いたのか。

それは、『献灯使』の表紙に描かれていたのが、まさにこのハシビロコウだったからだ!
こんな偶然に出会うとは思わなかった。しかし、私は「偶然はずべて必然だ」と考えている人間なので、なぜこの鳥が『献灯使』の表紙なのかを考えてみた。それは3つある。
① 作品のテーマ=滅びゆく世界/環境破壊と響き合う象徴
『献灯使』の舞台は、ディストピア状況の日本。ハシビロコウは絶滅危惧種として知られ、“動かない鳥”としての独特の生態を持つ。環境崩壊後の日本の姿と響き合う象徴的モチーフとして、表紙に選ばれた可能性が高い。
② “静止”と“生のギリギリの継続”の象徴
ハシビロコウは「動かない鳥」として有名だ。『献灯使』では、子どもは“壊れ物のように弱い”老人は“死ねないまま存在し続ける”という、“生の停滞”のような世界が描かれる。これがハシビロコウの静的な生態と響き合うと私は読んだ。
③ 滅びゆく生命へのまなざしという多和田作品の特徴
中国新聞は、多和田葉子の表現者としての特徴について「この世の片隅でささやかに生きる存在を忘れず耳を澄ませる」と述べている。ハシビロコウという“珍しく、絶滅の危機に瀕した存在”を表紙に置くことは、多和田文学の“周縁の生命へのまなざし”と極めて相性が良い

深いなぁ、ハシビロコウ。この鳥をいつか、この目で見てみたい。

「講談社」特設サイトより

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