【おススメ書籍】“普通”であることの強さ――望月衣塑子著『ブレない人』……ジャニーズ帝国に挑んだ記者、その《覚悟》と《優しさ》

望月衣塑子氏の新著『ブレない人』を読んだ。気づけば一気読みしていた。なぜ、こんなにも引き込まれたのか——その理由を考えてみたい。
それは、まず「私に似てるな」という親近感である。本書の望月氏はスーパーウーマンではない。失敗もすれば、庶民的な発想もする。些細な(失礼!)ことで悩んだりもする。いわば、「普通の人」だ。“ブレない”という形容は、“普通の”という土台の上に成り立っていると実感した。
加えて、実は性格も私に似ている。いや、そう感じているだけかもしれないが、私は集団行動が苦手だ。大学で学生たちに「コミュニケーションは大事!」と強調しているのに、自分は「おひとり様」が好きだ。学生時代も一人で家に籠ってビデオ三昧とか、読書に浸るのが好きだった。大学に行っても、食堂で一人で食べている、授業は一人で受けている。そんな感じだった。「さみしがり屋」なのに「一人が好き」……そんな矛盾を抱えた性格なのだ。
望月氏がそうだとは思わないが、同学部(学科は違う)出身というのもシンパシーを感じる理由かもしれない。そんなわけで、読み進めていると、「ここわかる!」「この気持ち、あるある!」という個所が多かった。だが、その「気づき」現象も考えてみると望月氏のうまいところ、計算ではないかと思えてくる。要は、人の気持ちを引き込むのがうまい、のだ。これは新聞記者としては「天性」とも言えるものだ。相手のこころを掴むのは、取材の「いろは」だ。そして、望月氏は、努力と苦労によってそれをさらに研ぎ澄ませていったのだ。
で、そろそろ内容に入ろう。第2章「新聞記者誕生」までは、『新聞記者』(角川新書、2017年)でも記されていたいわば望月氏のバイオグラフィである。真骨頂は第3章の「「“ガースー”との1000日闘争」から始まる。「ガースー」とは菅義偉元首相のことだ。望月氏から観た菅氏に関する率直な表現が随所に登場し、読んでいて胸がすく思いがした。私は東京新聞が愛読紙なので、二人のバトルの経緯を知っている。菅氏との丁々発止はいまでこそ笑って話せるかもしれないが、当時の記者本人としては心身ともに大きな負荷があったであろうことは、文面から伝わってくる。それを、少しコミカルに記しているところが、望月氏の懐の深さであり、本書の魅力でもある。重く、深刻に当時のことを語られると、読者まで苦しくなってしまう……そうした配慮ができるのも、望月氏の力量だ。まさに、「読者」という相手を気遣う、記者の「鏡」である。それは、「サービス精神」と言い換えられるかもしれない。
第4章「ジャニー喜多川という病」と第5章「瓦解したジャニーズ帝国」には、ジャニーズ事務所性加害問題に関する取材のエピソードがふんだんに詰まっている。生々しい描写は、ときには非難の対象になる。しかし、望月氏は恐れない。読んでいるこちらが「大丈夫か?」と心配になってしまうほどだ。そして、常に「性被害者」側の視点に立っていることに、好感が持てる。どんな犯罪であったとしても、被害者の救済は最優先の課題だ。藤島ジュリー景子氏(当時社長)や東山紀之氏(現社長)との対峙のシーンは、手に汗を握り、ページをめくる手が止まらない。圧倒されるほどの臨場感だ。新聞記者とは、過去の出来事をいかに“生々しく”“目の前で起こっているかのように”読者に伝えられるかが勝負の職業だということが、よく理解できる。当時私もさまざまなメディアで発言していたのでわかるが、旧ジャニーズ事務所の話題は、世間の関心も高く、それだけに厳しい批判も少なくなかった。ここまで書ききるには、相当な覚悟が必要だ。
そんなふうに、本書の全編からは、ビシビシと「覚悟」が伝わってくる。現場を歩き、現場の声を聴く。最後に記された、「地に足がついた“実のある”取材を続けていきたい」という決意表明は、望月氏の信念そのもので、好感が持てる。読み終わって前向き、元気になる。「明日も頑張ろう!」と思わせてくれる一冊だ。おススメである。
最後に、一点。本書には冒頭や随所に、望月氏の写真が挿入されている。私の勝手なイメージで恐縮だが、“望月氏らしからぬ”とも思える“演出されたような”ポーズは、本書の内容とは著しく乖離しているように思えて、一瞬、違和感を抱いた。だが、これも愛嬌。きっと、出版社の意向で、カメラマンから『こういうポーズを』と指示されたのかもしれない(事実、カバーには「グラビア付」と謳ってある)。私も経験がある。そんなところにも、望月氏の「サービス精神」が表れているようで、かえって微笑ましく感じられた。

【おススメ書籍】“普通”であることの強さ――望月衣塑子著『ブレない人』……ジャニーズ帝国に挑んだ記者、その《覚悟》と《優しさ》” に対して2件のコメントがあります。

  1. 望月 衣塑子 より:

    色々深く読み込んでいただき、大変嬉しいです。ありがとうございます❣️

    1. 田淵 俊彦 より:

      望月様 うぁー大感激です。こんなご本人からご連絡いただけるとは思ってもおりませんでした。テレビ局時代から〝誉め下手〟と言われていたので、素晴らしいご著書を汚すようなコメントになってしまっているのではないかと気にしておりました。そのようなお言葉をいただいて、ほっとすると同時に、大ファンなので当然のことです。いつも応援していますので、これからも〝空気が読めない〟望月さんでお願いいたします!田淵 拝

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