【おススメ書籍】私たちは知らぬ間に「共犯者」になっている――『ブラッド・コバルト』が突きつける、地球の裏側・コンゴで起きている“不都合な”現実
『ブラッド・コバルトCobalt Red コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』(シッダルタ・カラ著、夏目大訳、大和書房刊)を読んだ。
人権問題を声高に掲げる企業は少なくない。いわば国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく、持続可能な経営に必須のプロセスとなっている、人権デューデリジェンス(人権DD)。企業が自社やサプライチェーンにおける人権リスクを特定・評価し、負の影響(強制労働、ハラスメントなど)を予防・軽減、その対応を追跡・報告する継続的な取り組みだが、それが厳格に守られているケースなど、実は少ない。そんな現実を突きつけられた。
過酷な人権侵害があるにもかかわらず、それが可視化されていない国、コンゴ民主共和国が本書の舞台だ。この地で起きている、レアメタルの一種である「コバルト」の採掘における、苛烈な労働搾取の実態を、丁寧かつ緻密な現地取材によって描き出す手腕に舌を巻いた。
スマートフォンや電気自動車などに欠かせない充電式リチウムイオン・バッテリーに使われるコバルトは、世界の埋蔵量の半分がコンゴ民主共和国からザンビアにまたがる、「中央アフリカ・カッパーベルト」と呼ばれる鉱床にある。そこでは「職人的採掘者」と呼ばれる、現地の労働者が原始的な方法で採掘をおこなっている。「職人的」とはよくも皮肉なネーミングをしたものだ。彼らの仕事は、特殊技能を持ついわゆる「職人」がする仕事とは違う。技術を駆使する喜びなどそこにはない。搾取、暴力、低賃金、ハラスメント行為、健康被害、ひどくは殺人に至るまで、彼らを取り巻く環境は過酷そのものだ。その描写が、あまりにもリアルで目の前に迫ってくるようだ。巨大な鉱山の杭は、少なくとも150mほどの深さがあり、直径は400mほど。そこで、十代の少年たちを含む約1万5千人ほどの男たちがハンマーやショベルで掘削作業をおこなっているという。
なかには10歳に満たない子どもや女の子もいる。彼らがそんな環境で一日中働いて得る報酬は2,000~2,500コンゴ・フラン(1.10~1.40ドルほど)だ。
書面には信じられないような描写が続く。しかし、著者は作家、現代の奴隷制の研究者、活動家である。イギリス学士院グローバル・プロフェッサー、ノッティンガム大学の准教授でもあり、専攻は「人身売買と現代の奴隷制」なので、信頼がおける。その彼が、単身現地に乗り込んだことに拍手喝采を送りたい。
2021年のコンゴ民主共和国の国家予算は、わずか72億ドルしかない。これは人口が50分の1のアメリカ・アイダホ州の年間予算とほぼ同じだ。国連人間開発指数ランキングで189か国中175位となっている。国民の4分の3を超える人たちが貧困ラインを下回る生活をしていて、3分の1が食糧不足に苦しみ、平均寿命は60.7年に過ぎない。小児死亡率は世界11位で、清潔な飲料水を利用できる国民はわずか26%だ。電力普及率は9%。教育費は18歳まで国から支給されることになっているが、学校や教師への国の支援が十分でないため、結局、経費を賄うために1カ月あたり5ドルから6ドルを生徒から徴収せざるを得なくなっている。だが、コンゴにはこの金額も払えない人が多い。
私は、何度かコンゴ民主共和国をドキュメンタリーの取材で訪れている。初めて首都のキンシャサを訪れた時のことは今でも忘れない。市場に取材車のワゴンが差し掛かった時、車が急に人ごみに囲まれた。何十人という人々が、口々に何かを叫びながら、車体を叩いたり揺らしている。一瞬、ワゴンがひっくり返るのではないかという錯覚にとらわれた。そして次に恐怖が襲ってきた。
2002年当時、コンゴ民主共和国は歴史的にも最悪の部類に入る治安情勢で、国家機能が麻痺した「崩壊国家」に近い状態だった。1998年から始まった「第二次コンゴ戦争(アフリカ大戦とも呼ばれる)」が終結に向かう転換点ではあったが、実態は凄惨を極めていた。 武装勢力が林立し、住民への虐殺、誘拐、強制労働が日常的に発生していた。子供がさらわれて武器を取らされ、紛争の道具として利用されていた。「子ども兵士」などという言葉が飛び交ったのもこのころだ。後で聞いた話によると、私たち外国人を「子どもを誘拐する集団だ」と思い込んで抵抗していたのだという。
スマホや電気自動車など電気機器に使われるコバルトを産出していながら、現地のコンゴ人たちは電気すら来ていない家に住んでいる。スマホなど見たこともない人も多い。私たちの生活はそういう人たちに支えられているのだということを、忘れてはならない。そんな人たちが「グローバル・サウス」と呼ばれる地球の裏側に暮らしていることを、覚えていなければならない。
現地で人々を搾取する国家や外国企業。
しかし、私たちもまた「共犯者」だ。知らないまま、彼らの犠牲の上に豊かな生活を積み上げているのだ。
「NIKKEI Biz Gate」より


