【おススメ舞台】『静寂のバラ』の疾走感の裏に潜む演出者・伊藤和重氏の“狙い”とは――構成の《緻密さ》と余白の《バランス》
舞台演出および脚本研究の一環として、下北沢の「劇」小劇場にて、伊藤和重氏脚本・演出による舞台『静寂のバラ』を観劇した。
物語は、東京の片隅で起こる通り魔事件を軸に、地下アイドルグループ「BRAIN」の活動、放火事件、刑事の捜査、そして男女のすれ違いと再会が複層的に描かれる群像劇。断片的に見える出来事が、終盤に向けて一つの真実へと収束していく「カオス理論」や「バタフライ・エフェクト」をモチーフにした構成で、観客は複数の視点を追いながら、次第に“繋がり”の輪郭を目撃することになる。
キャッチフレーズにある「男と女 虚と実 地下アイドル 放火 通り魔 ランダムに起こっている出来事が一つに繋がる時 目撃する驚愕の真実」という言葉通り、脚本は技巧に富み、登場人物や設定に多層的な伏線が張り巡らされていた。「血に染まったバラが混ざっていても、人はその違いに気がつかない」というセリフには、「なるほど」と思わされた。舞台の上手と下手で交互に繰り広げられる約90分の舞台は、テンポもよく疾走感に溢れていて、あっという間に感じられた。
俳優陣の演技は的確で、各人物の感情の揺らぎを丁寧に表現していた点は評価に値する。特に、田村幸士氏の演技は素晴らしかった。声の抑揚、表情、その一挙一動すべてに魂がこもっていた。刑事という役は、大体、王道かアウトローか、どちらかにわかりやすく描かれる。その一辺倒になりがちなキャラを、シーンや対峙する相手によって、カメレオンのように性格を変化させる技は、並大抵ではないと唸らせられた。田村氏は、俳優・田村亮氏の長男。伯父には高廣氏、正和氏を持ち、昭和の剣劇スター・バンツマ(阪東妻三郎)の孫である。やはり血は争えない。そして、あるときは父の亮氏に、あるときは高廣氏に、そしてあるときは正和氏に思える不思議な瞬間があった。私の隣の最前列で観ていたグループが帰り際に「やっぱ田村さん、半端ない。すごい!」と熱っぽく語っていたのが、印象的だった。
ほかの俳優陣も頑張っていた。途中に挿入される地下アイドルのコンサート設定のコーナーは、大爆笑だった。そのグループの名「BRAIN」をもじった脳にまつわる歌詞はよく練られていて、必見だ。
全体的に、伊藤氏が主宰するIN EASY MOTIONの作風の特徴が出たサービス精神旺盛で素晴らしい舞台ではあったが、私にはやや過剰に映った。観客を唸らせようとする意図は感じられるが、要素の詰め込みがかえって物語の芯を曖昧にしているように私には感じられた。「伏線」を張り過ぎたために、それらが終盤で十分に回収されず、構成としては散漫な印象を受けた。最後は「え!?」という感じで、置き去りにされた感があった。
だが、これも伊藤氏による緻密に計算された「狙い」なのかもしれない。
観客の思考を揺さぶり、余韻を残す仕掛けとしては見事だった。それだけに、脚本の密度と演出のテンポに、もう少し「呼吸の余白」が欲しかった。ネタバレになるので、これ以上は語らないが、私の今後の脚本研究において、構成の緻密さと余白のバランスが、演出効果と観客の受容にどう作用するかを検証する貴重な機会となった。
千秋楽のチケットはすでに完売とのことだが、明日21日㈰、明後日22日㈪には若干、残席があるようだ。「ジェットコースター・ムービー」ならぬ「ジェットコースター・ステージ」を、あなたもぜひ体感してみてはどうだろうか。☛公式アカウントhttps://x.com/in_easy_motion
「チケットぴあ」HPより