【今日のタブチ】《トイレ後進国》ニッポンが打ち出した「女性10:男性6」――世界標準を阻んできた“長年の習慣”とは?
今日は、国交省が「駅や映画館など、男女の利用がほぼ同数の施設では女性用の便器数を男性用以上にする」という指針案をまとめたというニュースを取り上げたい。3月末までに決めるという。例として、16器のうち女性10・男性6という配分が示され、面積も女性側を広く取る、既存施設は可動式の間仕切りで男女面積を時間帯で切り替える、個室寸法の最適化で器数を増やす、空き状況の可視化で分散させる――など、増床なしでもできる手当てが並んでいるのがポイントだ。
私はコンサートやイベントで女性の行列を何度も見てきた側として、正直ホッとする。けれど同時に思う。なぜここまで長く放置されてきたのか。なぜ今、このタイミングで方針転換なのか。
まず、「同じだけの面積・同じだけの器数=公平」という発想が長らく根付いていたことが大きい。男性側には小便器という“効率装置”がある。占有面積が小さく、回転が速い。女性はすべて個室で、滞在時間も長い。専門資料でも、想定利用時間は男性小便30秒、女性90秒と書かれている。結果、同数配置では待ち時間の公平性は保たれない。
米国の報道は早くから「公平性(待ち時間の平等)は器数ではなく“待ち時間”だ」と明言してきたし、ニューヨーク市は2005年、劇場やアリーナ等で女性器具を男性の約2倍にする条例を作って、待ち時間を是正している。
日本の実態はどうか。国交省の取りまとめでは、駅で男性便器を1とした時、女性便器は0.63に留まるという。空港0.66、バス0.71、旅客船0.77……。男性トイレに小便器が多く“見かけ”の器数が膨らむ構造が、女性の行列を常態化させた。
行列の不満は統計にも出る。大型商業施設で「行列に並ばなければいけない」と答えた割合は女性47.4%、男性17.7%というデータもある。
私は、ここには日本古来の「男尊女卑」や「家父長的な慣性」が色濃く残っていると考える。意思決定を担う側のジェンダーバランス、公共空間における女性ニーズの“周辺化”、そして「見た目に平等(同数・同面積)」なら十分という設計発想。それらが積み重なって、「待ち時間という時間の不平等」を見逃してきたのだ。国際機関の報告は、トイレを衛生の話にとどめず、安全・尊厳・時間の機会費用の問題として繰り返し指摘してきた。日本の公共空間設計にそれが反映されるまでに、単純に時間がかかった。日本は「トイレ後進国」と言わざるを得ない。
では、なぜ今なのか。それは、政策のカレンダーを見ると腑に落ちる。
2025年6月、政府の「骨太の方針2025」に女性用トイレの行列改善が明記され、7月に関係府省連絡会議を設置。秋以降は国交省が有識者協議会を立ち上げ、年度内のガイドライン化へ一気に進んだ。政府は同時に、施設の実践事例集やイベント主催者への緊急呼びかけも公開し、現場の解を横展開している。つまり、横断体制とエビデンス・事例の整備が2025年夏以降に一気に可視化されたのだ。海外とのギャップも後押しになったはずだが、このタイミングはどうも気になる。政府が、いきなり“思いついたように”旗振りを始めたということなのか、それとも歴然とした理由があるのか。
私はこう考える。
実際には、女性活躍やジェンダー平等をめぐる世論の高まり、SDGsや観光評価への対応、そして観光・イベント需要の回復で「利用者の快適さ」を重視せざるを得ない現実が背景にある。つまり、思いつきではなく、複数の圧力が政策を動かしたのだ。特に、近年の観光客インバウンドの影響は大きいだろう。
もうひとつ気になるのが、バッシングの問題だ。できるのにやらない施設は批判されても仕方ないが、できることから順にやっていく施設に矛先が向くのは違う。そのためには、施設側は、政府の事例集に出てくるような「段階計画+進捗の見える化」――どのトイレを、いつ、どう改善するのか――を積極的に発信してほしい。可動間仕切りやサイン切替は“明日のイベントから”導入できる即効薬だし、単独個室の全性別化は“今日からでも”実施できるはずだ。
「行列は仕方ない」から、「待ち時間の平等は設計と運用で作れる」へ。トイレ問題は、「私たちの当たり前をひっくり返す」という大きな社会的意味があるのだ。


