【今日のタブチ】「奈良公園の鹿」が大阪に出現!――“アニマルウェルフェア”が問いかける、人間と動物の“ビミョーすぎる”距離感
今日は、大阪で奈良公園の鹿が出現したというニュースを取り上げたい。
今回の出来事、ネットでは「何と呼ぶべきか」というネーミング合戦で盛り上がっているらしい。しかし、私が気になるのはそこではない。この鹿をどう扱うのか――取り締まるのか、処分するのか。ここには、もっと大きな問題が横たわっている。
報道によれば、奈良公園の鹿は昨年、過去最多の1465頭を記録し、明らかな過密状態にあるという。 餌となる芝やどんぐりの供給が追いつかず、“はじき出される鹿”が増えているという指摘すらある。 そこへ観光客増による“過剰給餌”――鹿せんべい以外の食べ物を渡してしまう行為が鹿の栄養状態を過剰に改善し、頭数増加を加速させたと専門家は話している。
そんな背景の中で、鹿は生駒山を越え、大阪にまでたどり着いた。東大阪での最初の確認から、大阪市内の住宅街や都心部にまで現れ、最終的には警察施設敷地内で捕獲される事態となった。 大阪市長は「おとなしく見えるが交通の妨げになり得る」として捕獲を優先しつつ、「殺処分は検討していない」とコメントしている。
ここで思い出されるのが「アニマルウェルフェア」という考え方だ。日本語でいう「動物福祉」。本来は家畜の飼育環境改善のために提唱された概念だった。しかし、近年ではこの言葉だけが一人歩きをして、“動物に触るのはストレスだ”といった過敏な反応が広がっているようにも感じる。
その典型が、横浜の野毛山動物園「ふれあい広場」廃止の動きだ。
ここは、私が子どもたちを連れて何度も遊びに行った場所で、モルモットやウサギを優しく撫でながら、子どもが目を輝かせていた思い出の場所でもある。しかし「触られる動物のストレス」を理由に“ふれあい”そのものをやめようという声が強まっているという。
確かに、何十分も抱っこされ続けるのは動物には負担かもしれない。しかし、それは人間側が時間を区切るなど運営で調整できるはずだ。
むしろ、動物との接触がもたらす情操教育――これは軽視していいものではない。互いの距離感をどう取るか。それは経験して初めて学べる感覚で、理屈だけで「動物とうまくやりましょう」と言われても無理がある。人間同士だって、衝突したり、誤解したり、関係を積み上げながら距離感をつかんでいくものだ。動物との関係も同じだと私は思う。
では、大阪まで“家出”してしまった鹿に、私たちはどう向き合うべきなのか。
奈良県知事は「奈良公園から出た鹿は天然記念物ではない」「クマやイノシシと同じ扱いになる」と明言し、県内への戻し入れを拒否した。 それに対し、ネットでは「冷たい」「観光資源を利用しておいて」と批判が噴出している。
“人との関係”に疲れてしまった鹿を、どうすれば救えるのか。
難しい問題だが、考えるべきなのは鹿ではなく、むしろ私たち人間側なのだ。
「テレ朝NEWS」より



