【今日のタブチ】「西武渋谷店」閉店が突きつけた、“私たちが喪ったもの”――街の“個性”が消えていく寂寥感
西武渋谷店が九月末で閉店するというニュースを知った。ああ、また一つの時代が静かに終わるのだと思わされた。渋谷の街の象徴のように存在してきたあの百貨店が、再開発を巡って地権者と合意できず、営業を続けられなくなったという。
私は兵庫の田舎から大学進学で初めて東京に出てきた身だが、あの頃の東京は本当に「憧れの街」だった。どこも輝いて見えたし、とくに渋谷には“ファッション”や“流行”の最先端というイメージがあった。大学の友だちと待ち合わせるときも、「ハチ公の尻尾を掴んでるから」とか、「ハチ公は田舎もんの待ち合わせ場所だ、モアイのがいい」などと言い合い、そんなやりとりが田舎者である自分を少しだけ都会人にしてくれた気がした。彼女と待ち合わせるときは「A館の入り口で」とか、高くて西武百貨店で買い物などできないくせに、いま思うと軽く背伸びをしたような場所を指定していた。そういう青春のキラキラが、渋谷という街には確かにあった。
あの頃の渋谷は、「多様性」と「猥雑さ」が同居していた。雑音も含めて全部が渋谷らしさで、そこに若さの匂いが混ざっていた。道行く人も、街の建物も、広告も、店も、いろんなものが渾然として重なり合うことで、あの街の独特の“濃さ”が生まれていたのだと思う。
けれど、いまの渋谷は再開発が進み、街としての突出した個性が見えにくくなってしまった。渋谷はデートをする場所、新宿は飲みに行く場所、池袋はちょっと羽目を外す場所――そんな“街ごとの役割”がはっきりしていた時代は、もう過去のものになりつつある。どの街にも似たような商業施設が立ち並び、同じような風景が広がり、効率的で便利な都市へと変わっていくいっぽうで、街が本来もっていた個性は薄れていく。
西武渋谷店の閉店は、その象徴の一つなのだろう。かつては若者文化の発信地として存在感を放っていたあの百貨店が、半世紀以上の歴史に幕を下ろす。
東京の変化のスピードに、自分が追いつけなくなっている。そう感じることが増えた。
けれど、あの頃の渋谷で過ごした時間や空気感は、記憶としてちゃんと残り続ける。再開発で建物は消えても、あの場所で見た風景や、胸の奥に焼きついた感覚だけは、誰にも壊せない。
街の個性が失われていくことは、文化が薄まっていくことでもある。寂しいと思うのは、きっと私の世代だけではないはずだ。
「日本経済新聞オンライン」より


