【今日のタブチ】アフガン「地雷は埋めた人間に探させろ」の教訓――なぜ横浜刑務所は、“笑う刑務所”と呼ばれるのか?
アフガニスタンで地雷の取材をしているときに耳にしたことがある。
「地雷は、地雷を埋めた人に探させろ」
それには、2つの意味がある。ひとつは埋めた人間が一番その場所を知っているという意味。もうひとつは、地雷の怖さを知っているから必死で探すだろうという意味だ。
横浜刑務所の取り組みの新聞記事を読んで、そんなことを思い出した。
刑務所内で作られる、罪を犯した本人が犯罪の防止を呼び掛ける言葉を記したメモ帳が好評だという。昨年6月施行の改正刑法は、「更生」に重きを置いた拘禁刑を導入している。そのことに合せた取り組みだ。
メモ帳のメモ欄の下には、以下のような言葉が記されている。
「薬のせいで今までの人生で積み上げてきたものを全て失った。薬物(覚醒剤等)事犯・男性受刑者の声」
「うまいことを言って利用されるだけです。暴力団関係者だった男性」
これらの文面は、刑務作業を担当する矯正処遇調整官に「今、目の前で犯罪をしようとする人がいて、どんな言葉をかけたら思いとどまらせることができるか」などと問われ、答えたものだ。
横浜刑務所では、受刑者が処遇の一環として臨む「動機付け面接」も導入している。半年前に立てた目標を振り返り、自己採点。次の半年間の目標を職員と話し合いながら考え、受刑者自身が紙に記してゆく。
受刑者が立てた目標は「ほかの受刑者を尊重した声掛けをする」「お客さまが喜ぶ顔を考える」などだと知って、素晴らしいことだと思った。刑務所というと「こうしろ、ああしろ」と命令されて言われるがままにやるイメージだが、自分で考えるという自主性を身につけるという点において、とてもいい取り組みだ。
そして私はもう一歩考えてみた。
なぜこの横浜刑務所ではほかの刑務所で“できない”こういった素晴らしい取り組みができるのか?
ここからが、実はこの記事の真骨頂。
私の仮説は、横浜刑務所の“文化”そのものに鍵があるということだ。
横浜刑務所は、全国的にも珍しい「笑う刑務所」を掲げている。これは、受刑者と職員とのコミュニケーションを重視し、刑務所という閉ざされた空間の緊張を和らげる取り組みだと言われている。
敷地内の道路が日中は一般開放されているというのも象徴的だ。刑務所が街とつながり、完全に閉じない構造になっている。これは日本の刑務所の中では極めて異色の存在だ。地域の人々が矯正展に訪れ、受刑者作業の製品を手に取り、刑務所との心理的距離が縮まる。こうした関係性は、もはや“刑務所”という固定観念とは別の次元にある。
さらに、横浜刑務所は都市型刑務所でもある。都市型は外部のリソースを活用しやすく、地域支援団体や企業、NPOなどと連携する素地が強いという分析が、日本財団の報告書にもある。
つまり横浜刑務所には、処遇を高めたり、受刑者の自主性を引き出したりするための外部刺激が集まりやすい“地の利”がある。
私は思う。
横浜刑務所の取り組みは、制度や構造ではなく「文化」が生み出している。
職員が受刑者をどう捉えるか。
地域にどう開いていくか。
その姿勢が、独自の土壌となり、ほかの刑務所では生まれにくい取り組みを可能にしているのではないか。
つまり、横浜刑務所が他施設と一線を画すのは、「横浜刑務所という組織に根づいた文化そのものが、受刑者の変化を促す方向へ向いているから」だ。
これは、地雷を埋めた本人に地雷を探させる話に少し似ている。
仕組みよりも、そこに関わる人間の“姿勢”が、最後の一線を決める。
横浜刑務所の文化は、その姿勢を組織として支えていると評価していいだろう。
「東京新聞WEB」より


