【今日のタブチ】アリの餌分配が教える「集団崩壊」の正体――“世界初の”研究が可視化した、群れが壊れる理由
今日はこんな話題について書きたい。
量子科学技術研究開発機構と琉球大が、アリが餌を分け合う流れを時系列に可視化する技術を開発した。世界初の技術だという。“世界初”はすごいなぁ。
アリは、餌集め、巣の掃除、子育てなどを分担して生きる。「社会性昆虫」と呼ばれるゆえんだが、餌を口移しで分配する行為には、単なる栄養補給以上の意味があるらしい。各個体の空腹の度合いや、巣全体の活動量といった情報を共有する役割を果たしているというのだ。
研究では、それぞれ約100匹からなる3つの集団を比較している。すると、餌の分布の割合やスピードが、集団ごとに明確に異なることが分かった。約20分でほぼ全体に餌が行き渡った集団もあれば、途中で分配が滞ってしまう集団もあったという。その違いは、集団のなかに「どの役割を担う個体がどれだけいるか」に左右されていた。
餌の分配は、アリたちにとって情報伝達そのものなのだ。
そう言えば、食べ物の「分配」という行為が、集団の存続において決定的な意味をもつことを、私は世界のあちこちで目にしてきた。
たとえば、アフリカのサバンナのように食糧確保が容易ではない環境では、ハンターが獲ってきた獲物を、年長者や社会的に信頼を集めている人物が分配する役目を担っていた。誰が多く取るか、誰が後回しになるか、そうした判断は力関係ではなく、集団が次の日も生き延びるための経験と知恵に基づいていた。
インドネシアのレンバタ島、ラマレラ村では、いまも「生存捕鯨」と呼ばれる捕鯨が続いている。生きていくために必要な範囲に限って認められている捕鯨だ。クジラを手動の銛で仕留める熟練のハンターは「ラマファ」と呼ばれ、捕れたクジラは共同体の厳格なルールに従って分配される。肉、脂、内臓、それぞれの部位には役割があり、誰にどの部分が渡るかは、長年の積み重ねによって決められてきた。
たとえば、病気から回復しつつある人がいる家庭には栄養価の高い部位が分け与えられたり、一家の主を亡くした家庭には一時的に多くの食糧が回されることもある。村や家族の状況は共有され、その情報を前提に分配が行われていた。
食べ物の分配とは、単なる「平等⇔不平等」という問題ではない。
それは「誰が空腹なのか」「集団はいまどれほど余裕があるのか」「次に何を優先すべきか」といった情報を、言葉を使わずに伝える仕組みだ。
こうした生物の行動原理を人間社会に応用しようとする考え方は、バイオミメティクスと呼ばれている。
このブログでも以前触れたことがあるが、自然界はしばしば、人間社会よりも先に「集団の失敗」を経験してきた。
アリが餌を口移しで分け合う行為に、集団全体の状態を把握する機能があるという今回の研究は、人間社会で行われてきたそうした営みと、どこか重なって見える。
この研究は将来的に、「群れ崩壊」の兆候を捉えることにもつながる可能性があるという。集団のなかで、どの役割の個体が不足しているのか、どこで情報や資源の流れが滞っているのか。それが客観的に可視化できるようになれば、崩壊は突然起きる“事故”ではなく、予兆をもった現象として理解できるようになるのかもしれない。
こうした話題に、なぜ私が引き寄せられてしまうのかと考えると、思い当たることがある。
私は幼い頃、動物学者か昆虫学者になりたかった。アリの群れを長い時間眺めていても飽きない子どもだった。一時期は昆虫採集に夢中になり、標本箱が部屋にいくつも積み上がっていたこともある。群れのなかで何が起きているのかを考える癖は、たぶんその頃から身についていたのだと思う。
「愚かなリーダー」に率いられた集団が、なぜゆっくりと、しかし確実に壊れていくのか。その過程が比喩や感情論ではなく、観察とデータで説明されるようになれば、世界はもう少しだけ、ましな場所になるのではないか。アリの小さな群れを見つめる研究が、そんなことを考えさせてくれた。
「デイリースポーツ 」より


