【今日のタブチ】パンダがいなくなる日本で、私たちは何を考えるべきか――《動物園》の未来の姿
上野の双子パンダ、シャオシャオとレイレイが来月下旬に中国へ戻る。当初は2月20日返還の予定だったが、協議の結果、約1か月前倒しになった。最終観覧は1月25日までとされ、12月16日以降は観覧時間が1分程度に制限され、23日からは事前予約、1月半ば以降は抽選という段階に入る。待ち時間は平日でも60分以上、休日は90分超と予想されている。
今回のニュースで注目すべき点は、単なる動物の移動ではなく、1972年のカンカンとランラン以来、半世紀続いた「パンダのいる日本」がいったん途切れるという事実だ。返還が完了すれば、国内は約50年ぶりの“パンダ不在”になる。
思い返せば、1972年の日中国交正常化の象徴として上野に来たカンカンとランランが、パンダ外交の始まりだった。以来、パンダは「友好のメッセンジャー」として貸与され、所有権は中国にあり、繁殖研究と保護を名目に期間を設定するスキームが定着した。中国外務省は今も「友好使者」「国際協力を強化」と語るが、貸与の意思決定は政治気候の影響を免れない。
今回の前倒しには、検疫や輸送準備など技術的な理由もある。しかし、それだけでは説明しきれない空気もある。東京都は延長や新規貸与を求めてきたが、交渉は進んでいないとの報道もある。最近の日本政治の対中発言が環境を冷やした可能性も指摘されている。半世紀の間、文化的象徴であり続けたパンダが、いまや外交メッセージの強弱を映す計器になっている。
もうひとつ見逃せないのは、国内の依存構造だ。上野の動線はパンダ前提で設計され、観光消費や報道も“パンダのいる日常”に組み上げられてきた。今回の予約制や抽選の細かなルールにメディアが即日追随する状況自体が、その依存度を示している。だが、日本の動物園の魅力は本来もっと多層的だ。パンダが抜けた空白を、他の展示や教育プログラムの刷新で埋められるか。そこに次の10年の競争力がかかる。
世界の潮流は、単なる「展示」から「種の保存・動物福祉・教育」へとシフトしている。欧米では繁殖・再導入の成功例が増え、動物の自律性を尊重する飼育や非展示スペースの整備が進む。認証制度や福祉法規も強化され、VRやライブ中継など、展示に頼らない教育体験も広がっている。
さらに、私は過去にドキュメンタリー『21世紀ネイチャーロマン 絶滅動物がよみがえる! 神秘のDNAプロジェクト』で取材した「冷凍動物園」の事例を思い出す。サンディエゴ動物園が進めるこのプロジェクトでは、絶滅危惧種の細胞を液体窒素で保存し、数百種以上の遺伝資源を未来に託している。こうした技術は、単なる展示から保全へと軸足を移す世界的な潮流を象徴している。パンダの返還をめぐる議論も、こうした技術と連動する世界的な保全戦略の一部として捉えるべきだろう。
シャオシャオとレイレイの帰国は、展示の終わりではない。半世紀続いた象徴が途切れるこの瞬間、動物園の役割をもう一度問い直す好機だ。希少動物を「展示」することの意味、動物福祉と教育のバランス、そして世界が進める“保全と共生”の潮流――私たちはこの空白をどう埋めるのか。動物園は何を目指すべきか――考えるべき時が来ている。
「朝日新聞デジタル」より


