【今日のタブチ】“不安”を煽って外国人を締め出す日本──それは、歴史への“あだ返し”という不都合な真実だ

今回の衆議院選で「外国人政策」がにわかに前面に出てきた。治安、不公平、制度の“ゆがみ”――そんな言葉が独り歩きし、政治は「国民の不安に応える」という錦の御旗を掲げて、規制を強める方向へ舵を切ろうとしている。だが、その議論の土台に決定的に欠けている視点がある。日本は、ずっと前から移民とともに歩んできた国であり、むしろ日本人こそ大量に海外へ移住し、世界に受け入れてもらってきたという歴史だ。

日本の海外移住は、明治のハワイ移民に始まり、北米から南米へと大きな潮流をつくった。ハワイへの官約移民だけで2万9千人超、その後はブラジルへ戦前だけで約20万人が渡った。戦前と戦後を合わせた規模で言えば、戦前約77万人、戦後約26万人という歴史的ボリュームだ。これらは政府部局(移民課→移住局など)を含む明確な国家政策のもとで推進された。日本はかつて、人口問題の“出口”として移民を選んだ国家だった。
受け入れ側の国は、リスクを承知で日本人を迎え入れた。ブラジルの日系社会は約200万人にまで広がり、農業・商業で社会に貢献してきた。ペルーでは日系のフジモリ大統領が誕生し、北米でも排斥と収容の暗い時代を越えて、日系人は経済・文化の重要な担い手になった。移民は“脅威”ではなく、時間をかけて社会の一部になる――それを世界の日本人コミュニティが証明してきた。
同じ日本国内にも、受け入れの歴史がある。帝国期から敗戦直後にかけ、内地には200万人超の朝鮮人が暮らし、戦時には朝鮮半島から約80万人が労務動員された。終戦後、多くが帰国した一方、在日として生活基盤を築いた人々も残った日本は“ずっと単一民族で、移民と無縁の社会”という物語で自分を語りがちだが、歴史の実相はまったく違う

現代に話を戻す。是川夕『ニッポンの移民』を手に取って目を疑ったのは、日本の実像が「移民国家」であるという、隠しようのない事実だった。永住型の労働移民の受け入れ規模で日本は世界3位。加えて、技能実習・企業内転勤・留学生といった“一時滞在型”の受け入れでも、日本は先進国上位に入る。
私たちはすでに移民とともに暮らし、働き、学んでいる。それなのに自分を「非移民国家」だと信じ続ける――この自己像への認識のズレが、今日の空回りを生んでいる。

制度面でも“意外”なのは、日本の受け入れ枠組みが国際的に見て決して特異でも劣後でもないことだ。2019年の「特定技能制度」導入により、中間技能の就労ルートが正面玄関から開き、従来の技能実習制度は見直しの只中にある。さらに「育成就労制度」(2024年成立)という新たな枠組みが立ち上がり、現場の課題(ブローカー問題、転籍の硬直性など)を踏まえた制度再設計が進んでいる。OECD(経済協力開発機構)の最新レビューは、日本の労働移住が需要主導型で、留学生の定着率が高い(5年後も3〜4割が残る)という強みも指摘している。

私の手元の肌感覚でも、アジアのミドルクラスが日本を“キャリアの母港”として選び始めていることは明らかだ。本学・桜美林大学の出願者層は年々多様化し、日本で学び、スキルを磨き、将来は世界で勝負しようという現実的なキャリア戦略を持つ留学生が確実に増えている。
ここで問いたい。彼ら彼女らを、どんな言葉で迎え入れるのか。
しかし、その問いに向き合うどころか、政治の言葉は“事実”を見ようとせず、“不安”ばかりを拾い上げる。不安は政策の出発点にはなっても、結論にはなり得ない。北米の排日運動が証明するのは、「治安が悪化する」「仕事を奪う」という感情的恐怖が、いかに容易く差別の恒常化へと転がり落ちていくかを示す、重い教訓である。かつて海外で生きた日本人自身が、その恐怖を味わったはずだ。

そして最後に、どうしても触れておきたい点がある。
かつて世界が日本人移民にしてくれたことを、私たちはいま逆に試されている。
日本が貧しかった時代、世界は門戸を開いた。日系社会は汗を流し、社会に貢献した。その“恩”を、いま来日する人々にどう返すのか。ここで「来るな」と言い放つことは、歴史に対する“あだ”返しであり、将来の日本の国益に反する選択だと私は考える。
もちろん制度の瑕疵は直すべきだ。技能実習をめぐる搾取や過重な仲介手数料、転籍の硬直性は、事実として残る課題だ。だが、それは是正すべき運用と設計の問題であって、「移民が問題だ」という決めつけではない。OECDは、転籍の柔軟化や仲介の透明化など具体的な改善策を提示している。ならばやるべきは、秩序ある受け入れのアップデートだ。

改めて指摘しておきたい。
日本は、意識していようがいまいが、歴史的にも現在においてもれっきとした“移民国家”だ不安をベースに締め上げるか、事実をベースに整えるか。選挙で問われているのは、その態度の問題だ。
私の答えははっきりしている。事実に足場を置き、恩を忘れず、淡々と制度を良くしていく。その先に、人口減少社会を生き抜く“日本の作法”が立ち上がる。

サトウキビ畑のハワイ日系移民たち
「アロハプログラム」HPより
https://www.aloha-program.com/curriculum/lecture/detail/28

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