【今日のタブチ】中高生の「自転車事故が最多」という“当たり前すぎる”ニュースの裏に隠された本当の危機――メディアは何を伝えていないのか

警察庁の全国データを紹介する記事を読んだ。
中高生が関わる交通事故で最も多いのは自転車事故だという。当たり前といえば当たり前で、「高校生は登校時の事故が多い」という指摘も、経験上そのまま頷ける話ではある。

ただ、読み終えても妙な違和感が残った。
なぜ、こんなに“当然すぎる”データを、わざわざニュースとして世に出す必要があるのか。

もちろん、年に一度の発表で形式的に伝えているだけ、と言ってしまえばそれまでだ。だが、今回の内容を読む限り、むしろ 「昔から状況が変わっていない」ことを浮き彫りにしてしまっているだけではないか、という感覚の方が強い。
中高生の自転車事故は、何十年も前から同じ構図で発生してきた。
自転車通学の習慣も、歩行者・自転車・自動車が細い生活道路に入り混じる構造も、朝の交通集中も、ほぼ何も変わっていない。つまり、「改善していない現実」を今回の統計は淡々と示しているだけだ

私自身、中学も高校も自転車通学だった。片道15分だった中学に比べ、高校は30分。毎朝、時間ギリギリでペダルを無心でこぎ続けていた記憶がある。今の高校生も同じ状況なら、登校時の事故が多かろうが少なかろうが、むしろ当然の現象でしかない。
だからこそ「高校生は急いでいるから事故が多い」という説明には、どうにも釈然としない。
“急ぐ”のは当たり前だとして、では なぜ急がなければいけない状況を何十年も放置してきたのか、そこがまったく問われていない。
本来、ここをこそメディアが突っ込むべきだ
ところが現場の記事は、“統計の紹介”に終始し、肝心の「構造が変わらない理由」には踏み込まない

“当たり前の現象”を繰り返し報じるだけでは、当たり前を当たり前のまま固定化するだけだ。

今回のデータ発表で、赤間二郎・国家公安委員長はこう述べている。
「被害者にも加害者にもならないように、安全運転に努めてほしい」
もっともらしいコメントではあるが、これだけでは本質にまったく届いていない。
この言い回しは、交通事故の問題を“個人の注意力”へと押し戻してしまう典型例でもある。私には、この言い方が“中高生の不注意が事故を招いているだけだ”と暗に決めつけているように聞こえる。だが実際には、どれだけ注意しても避けられない危険の中を、彼らは毎朝走らされているのではないか。

実際に“急がなければいけない状況”に追い込まれているのは、彼らの心がけの問題ではない。
構造の問題だ。

通学距離は伸びているのに、始業時間は何十年も同じ。
生活道路は細いまま、交通量だけが増えている。
自転車レーンは一部の都市に限られ、危険箇所は“わかっていながら”放置される。
学校と自治体の情報共有は遅れ、事故データは蓄積されても活用されていない。

今回のニュースが実際に示しているのは、「中高生の通学環境は“昔から何ひとつ変わっていない”」という、もっと深刻な事実の方だ。“当たり前すぎるデータ”“新しい発見”のように扱ってしまうと、その裏側にある停滞を見落とす。
私の違和感は、まさにそこにあったのだ。

だからこそ、改めて問い直すべきである。

なぜ、変えるべき側が変えていないのか。
なぜ、その責任を“個々の高校生の安全運転”という言葉で片付けようとするのか。

この問いの解明を避ける限り、同じ統計は来年も、再来年も、きっと“当たり前”の顔をして現れることだろう。

「SBSnews6」より

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