【今日のタブチ】南鳥島「核ごみ」候補地に走る違和感――耳ざわりの良い政治ワードの裏で、見過ごされる“本当のリスク”
今朝のニュースを見て、胸の底にざらつく違和感が残った。
政府が南鳥島について、核のごみ(高レベル放射性廃棄物)の「文献調査」を小笠原村に申し入れる――そんな報道が一斉に流れた。実際に調査が始まれば、寿都町、神恵内村、玄海町に続く4例目となるという。これは赤沢経産相が閣議後の記者会見で明らかにしたもので、読売やFNNなど複数のメディアが伝えている。
南鳥島は東京から1,800km以上離れた日本最東端の孤島だ。一般住民は住んでおらず、島全体が国有地。火山や活断層のリスクが極めて低い“地質的に安定した場所”だと政府は説明する。専門家の一部も、この島の地質は日本の中でも例外的に安定していると指摘する。
たしかに、表向きの理由だけ並べれば「適地」に見えなくもない。ただ、私はここに二つの強い懸念を持っている。どちらも、今の政治と原子力政策の流れを考えれば、見過ごすわけにはいかない。
一つ目は、核ごみの中にはごく微量とはいえ、プルトニウムが含まれているという事実だ。高レベル放射性廃棄物は、使用済み燃料を再処理した際に生じるガラス固化体で、多重バリア(ガラス、金属容器、粘土、そして安定した地層)で封じ込める仕組みになっている。
だが、私はここで単なる技術論だけでは割り切れないものを感じている。
政府が原発から距離を置こうとしない姿勢と、「核を持たないが、持とうと思えば持てる」という潜在的な核保有能力――この二つは、政策の連続性としてどこかで地続きになっているのではないか。
そして、一般住民がいない南鳥島という“外界から隔絶された空間”に、核関連物質の最終地点を集約しようとしている動きを眺めていると、どうしても「いざという時の備え」という言葉が頭をよぎってしまう。
これは決して、陰謀論を語りたいわけではない。むしろ逆だ。こうした疑問すら口にしづらい空気こそが、最も危ういと私は感じている。政策の継続性、地政学上の位置づけ、そしてプルトニウムの扱い――国民としてここはしっかり注視すべきだ。
二つ目は、海だ。南鳥島の周辺はマグロなどが回遊する、豊かな漁場になっている。
地中深くに埋めるから安全だという説明は毎回聞く。だが、数十年、数百年、あるいは千年というスパンで見たときに、構造物の劣化や想定外の事態が起きないと言い切れるのか。ほんのわずかな漏出であっても、海洋環境を経由して生態系にどう影響するのか。これは単純な「安全・不安全」の二択にできる問題ではない。
さらに、南鳥島は面積がわずか1.5平方キロしかない。処分場の地上施設だけで1〜2平方キロ必要とされ、掘削土置き場が全体の6〜7割を占めるという指摘まである。島の物理的制約、輸送経路、気象条件、施設劣化など、考えるべき課題は山ほどある。
それでも政府は「適地だ」という言葉で、複雑な問題を単純化しようとしているように見える。
こうした問題では、政治家の“耳ざわりの良い言葉”が、私たちの注意を別の方向へ誘導することがある。
たとえば小池都知事が「将来世代への先送りができない喫緊の課題」と語ったとき、その言葉自体はまっとうに聞こえる。だが、こうしたフレーズが強調されるあまり、私たちが本当に注視すべき論点――地政学的な含意や海洋環境への長期リスク――がないがしろにされたり、うやむやにされるようなことがあってはならない。「地質が安定しているから安心」――そんな一言で片づけられる話ではない。
文献調査自体は、既存データを使った“机上の評価”にすぎない。本当に危険かどうかは、その後に続く概要調査・精密調査でようやく見えてくる。だが、これまでの三地域でも、国の説明不足や住民の不信感が大きな壁となってきた。
南鳥島の場合、住民が住んでいないことが“合意形成のハードルの低さ”として国に利用されるのではないか。ここにも強い懸念がある。
今回の南鳥島は、「手上げ方式が限界」という状況を受けて、国が自ら候補地を見定めて申し入れるスタイルに踏み込んだ象徴的なケースだ。
だが、だからこそ透明性が必要だ。説明会の進め方、評価モデルの前提条件、想定するリスク、撤退基準。これらを隠さず最初から示すことこそが、本来の責任だと私は思う。
私は、南鳥島の文献調査そのものを感情的に否定するつもりはない。ただ、核政策と安全保障の線のつながり、そして海洋環境への超長期的な影響。この二つについて国がきちんと語らない限り、「地質が安定しているから大丈夫」という話には到底乗れない。
「無人島だから反対が少ない」――もし国がそういう計算をしているのだとしたら、それは民主主義そのものを軽視する態度だ。こんな重要な問題を、そう簡単に既成事実化させてはならない。
私たちは、候補地の“条件”だけを見るのではなく、その背後にある政策の流れ、環境への負荷、そして決定プロセスそのものを見続ける必要がある。南鳥島の問題は、単なる“新しい候補地”の話ではない。日本のエネルギー政策の本音が、ようやく表に滲み出てきた象徴的な出来事だと私は見ている。
「テレ東BIZ」より


