【今日のタブチ】女性が“ガラスの崖”に追いつめられる――「政治と女性」を研究する岩本美砂子氏の金言
政治学者・岩本美砂子氏の言葉を読んで胸を突かれた。先人の言葉は、いつだって傾聴に値する金言だ。
「組織がピンチのときは、女性リーダーが生まれやすい」。
短い一文なのに、妙に説得力がある。歴史を見渡しても、危機のときにだけ女性が表舞台に呼び出され、平時になるとまた押し戻される例はいくつもある。これを「ガラスの崖」と言う。危機対応という“崖っぷち”の場面で女性が登用され、リスクの矢面に立たされやすい構造を指す。
ふと、フジテレビが崖っぷちのときに、女性の取締役を増やしたことを思い出してしまった。
さらに岩本氏は、高市氏について「男性以上に男性優位の伝統的価値観を打ち出さなければ、党内でのし上がることは難しかったでしょう」と語っていた。そう観るか! と思った。
高市氏に関しては、これまで“女性初”や“保守色”が繰り返し報じられるだけで、“女性初”という記号だけが独り歩きし、社会構造の力学が語られない。そのもどかしさがずっとあった。
しかし、賢人の視点はやはり違う。個人のパーソナリティを論じているのではなく、日本社会が長年積み重ねてきた“構造”を見ている。
岩本氏自身も、男尊女卑の厚い壁を真正面から受けてきた。
進学した京都大学法学部では、330人中女性は18人しかいなかったという。そして政治学に進みたいと話すと、「なぜ政治学を勉強したいのか」ではなく「なぜ“女性が”政治学を勉強したいのか」と問いただされた。当時のピリピリした雰囲気が、その逸話だけで伝わってくる。「歓迎されていない」のは明らかだ。大学院への進学を教授に相談した際には、「女は大学院に来るな」と言われたという。あまりに露骨だが、“時代の空気”がそうした偏見を当然のように許していたのだろう。
私が長くいたテレビ業界も例外ではない。
現場では「女になんかできない」という言葉を何度も耳にした。技術職でも制作でも、女性の比率が低い部署では特にその傾向が強かった。「女にできない」ではない。「女に“なんか”」である。もちろん、そういったことにチャレンジする女性が優秀であることは、皆わかっていた。それでも、仕事の入り口で“やらせてみる”というチャンス自体が与えられない。そんな時代だった。
だからこそ、岩本氏の言葉には重みがある。“女性だからこそ”とか“女性活躍を”といった表面的なスローガンとは違う。あの時代をくぐり抜けてきた人だからこそ、ジェンダー平等や男女機会均等、男女参画は「理念だから必要」とは考えない。あれほどの不条理を経験した人にとっては、これは理念の話ではない。社会がまともに動くための“当たり前の条件”なのだ。
ジェンダー平等は、個人の頑張りの話ではない。誰が偉いとか優れているとか、そういう次元ではない。
どんな才能を持った人間も、性別や属性でふるい落とされる社会を続けるのか。
それとも、多様な人が自然に活躍できる社会をつくるのか。
私たちは、いまそんな迷い道の途中にいる。岩本氏の言葉は、その長くて薄暗い道を照らしているように思えた。
「東京新聞デジタル」より


