【今日のタブチ】東京都出生数“増加”、大学生の読書離れ、未成年サイバー摘発――ニュースが隠す「数字のマジック」
ニュースを見るときに、「数字のマジック」に騙されないようにしなければならない。
そう思えることが、今日のニュースのなかにあった。
2025年の出生数は70万5809人。外国人を含む速報値で、統計開始以来の“最少”を10年連続で更新したという。 ところが同じ日に、東京都だけは“9年ぶりに出生数が増えた”と伝えられた。あたかも都の子育て支援が劇的な成果を出したかのように聞こえるが、私はこの“増加”の扱われ方に違和感を覚えた。
理由は単純で、分母がすり変わっているからだ。
東京都は2025年に6万5219人の転入超過となり、大量の若い世代が都市部に流れ込んでいる。 若年層が増えれば出生数という“数”が押し上がるのは当然で、その影響を差し引かずに数字だけを眺めれば“増えた”ように見えてしまう。しかし、その一方で東京都の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は2024年時点で0.96。全国最低レベルで1.0すら割り込んだままだ。 この数字こそ、見出しの華やかさとは裏腹に、東京の現実が変わっていないことを物語っている。都が示す婚姻数の増加を“先行指標”として語る声もあるが、政策の効果を語るなら、転入超過で膨らむ分母を補正した上で出生率そのものに変化があるかを確かめなければ、本質には届かない。
この“分母を見落とす危うさ”は、大学生の書籍費のニュースにも忍び込んでいる。
全国大学生活協同組合連合会の調査によると、大学生の月間書籍費が初めて1,000円を割ったという。 だがその背景には、2025年度の大学進学率が58.64%と過去最高、10年連続で上昇しているという事実がある。 大学に進む層が広がれば、学び方も生活の構造も多様化し、紙の本にかける金額の平均が薄まっていくのは自然なことだ。
さらに通信費やサブスク消費が伸び、電子書籍や動画学習に行動が置き換わる。書籍費という狭い項目だけを見れば“減った”ように映るが、読書行動が別のかたちに拡散している可能性を無視してはいけない。同時に、この十数年で大学へ進む若い世代が増えたことで、学生という集団の“質”そのものが、かつてとはまったく違うものになってきている。このように、分母が変わっているのに、平均値だけを追いかけて「読書離れ」と断ずるのは、やはり論が浅い。
そして、こうした“数字の顔つきの変化”にもっとも敏感であるべきなのが、サイバー犯罪に関する統計だろう。
警察庁は2025年、不正アクセス禁止法違反で摘発された20歳未満が81人に上り、前年比9人増、そのうち約7割が中高生だと発表した。 これだけを見れば“若者の非行が増えた”という印象を持つかもしれない。しかし、ここでも大事なのは、“数字を拾う側の仕組み”が変わっているという点だ。サイバー警察局の体制が強化され、企業や学校への啓発も進み、これまで見過ごされていた行為が統計に載りやすくなっている。
さらに、アカウント情報の流通や攻撃ツールの低敷居化、SNSを通じた“機会”の増大により、若年層が悪意なく犯罪の入口に立つことも珍しくなくなった。これは行為そのものの急増というより、分母そのものが拡大し、検挙の網が細かくなった結果として数字が増えたと読むべきだ。 最近はAI生成による偽画像など、関連する相談が急増し、通報の経路が増えていることも数字を押し上げていると考えられる。
こうして見ていくと、出生数、読書、サイバー犯罪――どれも数字そのものだけを追っている限り、表面的な現象しか見えてこない。しかし、その数字が“どう生まれたのか”という背景や前提に目を向けた途端、一つひとつのニュースはまったく別の姿を露にする。
東京都の出生“数”の増加は若年人口の流入で説明できる現象にすぎず、大学生の書籍費減少は進学率の上昇と支出構造の変化を踏まえなければ意味を取り違える。未成年サイバー摘発の増加は、監視と通報の感度向上、そしてツールの普及が合成して生まれた数字だ。
数字そのものよりも、数字の“作られ方”にこそ真実は宿る。
今日の3つのニュースは、それを改めて思い出させてくれた。
「テレ東BIZ」より


