【今日のタブチ】湯川れい子氏へのX攻撃、その“不気味な正体”――戦争体験は「資格審査」なのか
湯川れい子氏がXで語った戦争体験に対して、一部ユーザーが「その記憶はあり得ない」「戦争を経験したとは言えない」と攻撃しているというニュースを見て、私は強烈な違和感を覚えた。兵士として銃を持って戦場に立たなければ“戦争経験者”ではないという論理が、どうしてここまで堂々と語られるようになったのか。そんなのはおかしい。
発端は、湯川氏が疎開先の山形県米沢市で、米軍機による機銃掃射を受けたと記憶している体験をXに投稿したことだった。これに対し「B29は高高度爆撃機であって低空で機銃掃射などしない。だからあり得ない」という指摘が相次いだ。しかし事実として、米沢市には1945年8月9日に米軍の艦載戦闘機が飛来した記録が残っており、“空から撃たれた体験そのもの”には裏付けがあると報じられている。問題は“機種名の特定”の話であって、体験の核心部分が否定されたわけではない。
それでもなお、一部ユーザーは湯川氏に対し「9歳では戦争体験とは言えない」と攻撃した。しかし湯川氏は兄を戦争で失い、父も戦病死し、空襲の恐怖を実際に味わっている。「寝ぼけたことを言わないで下さい。私は嫌というほど戦争を体験しています」と反論している。
家族を失い、銃撃から逃れ、生き延びるために必死に日常をつないだ幼い子どもを「戦争の外側」に置こうとする発想自体がおかしい。
今回の議論は、記憶の細部をつつくことで“体験そのもの”を無効化しようとする危険な態度を象徴している。検索結果からもわかるように、当時の一般市民が米軍機をすべて「B29」と呼んでいた例は多く、湯川氏自身も「飛んで来る米軍機を全てB29と呼んでいた」と説明している。
つまり、軍事機種の厳密な認識が一般市民に求められていたわけではない。恐怖の中で見上げた巨大な影を“B29”と記憶したとして、どこに問題があるのか。そこを揚げ足取りのように突き、体験そのものを否定しようとする態度に私は違和感というよりも、強い危機感を覚える。
この問題を考えるとき、私は丹羽宇一郎氏の著書『X世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない』に書かれていた言葉を思い出す。人間の記憶は上書きされ、失敗体験ほど他者に伝わりづらい。だから、戦争の記憶はやがて消える。その結果、「戦争してもいいのではないか」という空気が社会を再び覆う。丹羽氏の指摘は極めて重い。
戦争体験とは免許ではない。
資格審査を通った者だけが語ってよい、というような類のものではない。
「私はこう恐ろしかった」と語ることに、他者が“あなたには資格がない”と上から判定を下す社会は、きわめて危険だ。
今回のXでの攻撃を見ていると、この“資格審査”の発想がむき出しになっているだけではなく、その背後にもっと深い問題が潜んでいることがわかる。湯川氏が長年「反戦・脱原発」を発信してきた人物であるがゆえに、記憶の細部を突けば発言力そのものを弱められる──そう考える勢力が一定数存在する。湯川氏の“機種名の誤り”を根拠に、証言全体を揺さぶろうとする手法は、証言の端を突いて全体の信憑性を奪うやり方と酷似している。
さらに「9歳では戦争体験に入らない」という攻撃は、戦争体験を“資格制”にして排除する危険な思考そのものだ。父の戦病死、兄の戦死、空襲の恐怖という湯川さんの経験を前にしてなお、“あなたは体験者ではない”と言い張るその姿勢こそ、戦争の痛みを狭め、語り手を減らし、記憶を風化させる方向へと社会を誘導する装置のように見える。
そしてXにはもともと、相手の発言の“穴”を見つけると、それを契機に全人格を否定する文化がある。私も、X上で過去に同じような経験をした。
今回も「B29ではない」という指摘が独り歩きし、米沢市に艦載戦闘機が飛来した記録があるにもかかわらず、体験そのものまでを否定する極端な飛躍が平然と行われた。
こうした“揚げ足取り × 断罪欲”の増幅は、SNS特有の現象でもある。
だから今回のXでの攻撃は、単なる意地悪な揚げ足取りや「ミリタリー知識マウント」の問題にとどまらない。
戦争の語りを萎縮させ、記憶の伝達を妨げ、“戦争の痛み”を薄めていく危険な流れの象徴に見える。
語りを弱らせれば、戦争の記憶は薄れ、やがて「戦争してもいい」と言い出す空気が社会を覆う。
その危険性を、私はどうしても無視できない。
湯川氏の体験を否定する前に、本当に問うべきは別のことだ。
戦争体験の語りを、私たちがどのように受け取り、どう守り、どのように未来へつないでいくか。
そこを考えなければ、歴史はまた同じ失敗を繰り返す。
「東京新聞デジタル」より


