【今日のタブチ】衆院選大詰め……「円安ホクホク」炎上はなぜ起きたのか――悪者探しの心理と“円安=物価高”という誤認

衆院選の真っ最中に、高市首相が川崎の街頭で「外為特会の運用、今ホクホク状態」と口にした。SNSは一気に沸騰し、「円安で国民が苦しいのに無神経だ」「自分で円安を招いたのに無責任だ」といった批判で埋まった。
報道をたどると、発言はこうだ。円安のメリットとして輸出や外為特会(外国為替資金特別会計)の運用を挙げつつ、「総理が口にすべきことじゃない」と断り、最終的に「為替が変動しても強い日本の経済構造を作りたい」と結んでいる。翌日には本人がXで「円安メリットを強調したわけではない」と釈明している。

では、批判はどこまで妥当か。論点は二つだ。
ひとつめ。円安は物価高の“犯人”と言い切れるのか
ネットでの批判の多くは、「物価高で国民を苦しめている円安を容認するような発言は、国民不在だ」というものだ。
円安で輸入品が上がり、ガソリンや食料に響く。これは事実だ。ただ、ここ数年の物価上昇は、為替だけでは説明できない。世界的なサプライ網の混乱、エネルギー価格の高止まり、各国金融政策の揺り戻しなど、外の要因が重なっている。高市氏の演説は、円安のプラス面に触れた直後に「為替の良し悪しは単純に言えない」「構造を強くする」と続いており、そこを切り落として「円安を礼賛した」と断じるのは、文脈の取り扱いとして乱暴すぎる。発言の核心は、為替の上下に振り回されない“土台づくり”の必要性を示した点にある。
ふたつめ。円安は高市氏が“招いた”のか
高市氏の発言を取り上げ、「自分で円安を引き起こしておいて無責任だ」という声もあるが、そもそも今回の円安基調は、高市氏が首相に就任する前から続いていた。米国の急激な利上げや世界的な資金移動で、円はすでに弱含んでいた。つまり、為替の流れは“政権交代で突然動く”ような性質のものではない。
今回の発言も、外為特会の外貨資産の評価額が円安で増えた状況を説明したにすぎず、「円安を生んだ本人」という批判は因果の置き換えだ。むしろ高市氏は、為替がどちらに振れても大きく揺らがない仕組みづくりへ話を戻している。それを「円安礼賛」や「円安の元凶」と結びつけるのは、時間軸を無視した論法だ。

では、なぜこうした“考えればすぐに理解できるはずの”前提をさて置き、ネットでは乱暴な論拠が飛び交うのか。その理由は、政治とSNSの“拡散構造”にある。
解散後、Xで党首への言及数は高市氏が最多の255万件。中道・野田氏の67万の数倍という差がある。良くも悪くも“話題化しやすい”存在だ。人柄を評価する声と、物価高対策が不十分という批判が正面衝突する。だから、一言のニュアンスで一気に火がつく。その背景を踏まえると、今回の炎上は「内容の是非」より「燃えやすい場と対象」が先にあった、と読むべきだ。

私は、ここにもう一枚、心理の層を重ねて見ている。
苦境にいるとき、人は“わかりやすい犯人”を求める。為替は目に見えないうえに要因が多すぎる。そこで物価高を論ずる際に、顔のある政治家を“悪者”にすると話が楽になる。怒りを向ける先が一本化されると、気持ちはいったん落ち着く。だが、その安心は分析の放棄でもある。世界のエネルギー、物流、金利。これらが絡む現象を、ひとりの発言やひとつの政権に押しつけた瞬間、事実へと繋がる糸は切れてしまう。政治はしばしば、この“大衆心理”を利用して物語を創作しがちだ。そこに私たち大衆が乗ってしまえば、また同じ炎上をくり返すだけだ。

今回の「ホクホク」は、言葉として軽い。選挙の最中、配慮が足りなかったという批判は受け止めるべきだと思う。しかし、怒りを燃料にして「円安=物価高の全責任」「高市=円安の元凶」という図式に閉じこもるのは、真実を解明しようとする姿勢には程遠い。
為替は感情で動かない。もし本当に物価を抑えたいなら、私たちが注目すべきは、エネルギー調達、サプライ網、賃上げと生産性、そして国内投資の実行だ。高市氏は、為替の波に左右されない体制づくりの必要性を示している。ならば問うべきは、その中身とスケジュール、そして執行のスピードだ。
発言の一語一句を切り取るより、政策の一行一行を点検する方が、私たちの暮らしに効くし、そうするべきだ。
炎上は感情によって生み出されるが、生活は事実でしか変えられない。そう肝に銘じたい。

「読売新聞オンライン」より

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