【今日のタブチ】追悼:仲代達矢氏(番外編)――ドラマ『巨悪は眠らせない』秘話

仲代達矢氏との濃密なドキュメンタリー撮影から18年後、いまからちょうど10年前の2015年。私はドラマ制作へと軸足を移し、テレビ東京が神谷町から六本木3丁目へ移転するプロジェクトを記念する番組の企画を手がけていた。
当時、私に課せられた使命は「来るべき配信時代に備え、テレビ東京の存在感を高めること」。そのためには、テレ東に出演経験のない俳優を起用することが効果的だと考えた。だが、当時はまだ「テレ東には出たことがない」「出なくてもいいかな」という著名人が少なくなかった

そんな中、連続テレビ小説『あさが来た』でヒロイン・あさ(演:波瑠)の夫・白岡新次郎役を演じ、注目を集めていた玉木宏氏に白羽の矢を立てた。ドラマは高視聴率を記録し、玉木氏は時の人。ぜひ口説きたい――もちろん「テレ東初出演」である。玉木氏が出演すれば、その後のキャスティングにも弾みがつくと確信していた。

しかし、事務所の社長との交渉は難航した。決め手がない。そんなとき、私が仲代氏のドキュメンタリーを制作したことがあると知った玉木氏側から、条件が提示された。
「仲代さんと共演できるなら、出てもいい」
私は頭を抱えた。仲代氏は滅多にテレビドラマに出演しない。以前、私にこう語っていた――「テレビのせかせかしたペースが好きではない」。さらに、無名塾の指導や毎年の公演で多忙を極めていた。記念番組のため制作期間も限られている。スケジュールを縫うのは至難の業だと想像できた。

だが、諦めきれなかった。このドラマは、真山仁氏の社会派長編小説『売国』の初映像化だ。原作権は取れている。実現すれば、大ヒットした『ハゲタカ』に続く地上波作品となる。仲代氏にお願いしていた役は、玉木氏演じる特捜検事・冨永真一が対峙する大物政治家・橘洋平。二人の対決は、番組最大の見どころになると確信していた。

私は能登の演劇堂で無名塾の公演中だった仲代氏のもとへ向かった。
「これで断られたら、あとがない」……そんな暗澹とした気持ちで仲代氏が宿泊しているホテルまでの暗い道を歩いたのを、いまでも思い出す。
そして、終演後、宿に戻ってきた仲代氏を待ち受け、こう切り出した――「ぜひ、私に花を持たせてほしい」
常識的に考えれば、そんな場所で直談判するのは“反則”だ。違う仕事の場で出演交渉をすることも、事務所やマネージャーを通さないで出演者本人に交渉することも、本来“タブー”である。しかし、私はその企画をどうしても実現させたかった。ドキュメンタリーからドラマへ制作の場を移した私にとって、「ドラマにおいても仲代氏と仕事をする」ことは、夢でもあった。そんな私の思いを仲代氏の事務所の社長も汲んでくれ、“反則”や“タブー”を許してくれたのだった。
突然現れた私に少し驚いた様子だったが、作品に対する思いや仲代氏と仕事をしたいこと、どうしてもこの作品には仲代氏が必要なことなどを熱く語る私の話をじっと聞いていた仲代氏は、静かにこう言った。
「田淵さんの気持ちは、よくわかりました」
その瞬間、私は直感した――「これ以上は、尋ねてはいけない」。「それは、お引き受けいただけるということでしょうか?」と聞きたい気持ちをぐっと押さえて深く頭を下げ、「お疲れのところ、急に失礼しました」と述べてその場を離れた。

数日後、事務所の社長から「仲代がやると言っています」と連絡を受けたとき、胸に込み上げた喜びは言葉にできない。私は、心の中で仲代氏に深く頭を下げた。
恩には礼で返さなければならない。これも仲代氏から教えられたことだ。私は、仲代氏の撮影日には必ず無名塾まで車で迎えに行き、毎回終われば送り届けた。

そしてドラマは大成功を収めた。金子ありさ氏の脚本は見事、若松節朗監督の演出も冴えわたっていた。何より玉木氏の演技が素晴らしかった。仲代氏演じる大物政治家の貫禄は圧巻だが、玉木氏の検事としての矜持や覚悟を示す表現は見事だった。応接室で二人が対峙するシーンは、緊張感が音となって聞こえるかのようだった。ドラマ史に残る「名シーン」と言っても過言ではない。

今回、仲代氏の訃報に接し、私はテレ東に「追悼番組としてドキュメンタリー『ネシアの旅人』とドラマ『巨悪は眠らせない』を放送してはどうか」と提案した。しかし、実現しなかった。
もったいないことだ。どこかで放送か上映できないか、そんなふうに心から願っている。

仲代達矢氏が遺した“人生の教え”は、今も私の胸に深く刻まれている。

「テレビ東京公式HP」より

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