【今日のタブチ】選抜高校野球の“遠征費叩き”と、高校生射殺事件“遺族への1000万円寄付”――2つの出来事が浮かび上がらせる、この国の「不寛容さ」
今日は、若者とカネにまつわる話をしたい。
そのニュースを読んでいて、“寛容”というものについて少し考えさせられた。
円安や物価の高騰で移動費や宿泊費が上昇し、選抜高校野球の出場校が甲子園遠征の費用の捻出に頭を悩ませているというニュースを読んだ。今大会は出場校の半数超がクラウドファンディング(CF)で資金を調達したという。
だが、その一方で、寄付を募った私立校には「カネがあるくせに」というこころない誹謗中傷が寄せられている。なんと“不寛容な”人がいるものだと、同じ人間として情けなくなる。そもそも高校の遠征費というのは「学校の財務状況」と関係がない。部活動予算は限られているし、私立であっても寄付に頼るのはごく普通のことだ。
私の本務先の桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修では、独自の短期海外研修(イギリス美術研修など)が用意されており、名門ロンドン芸術大学のショートコースで本場の美術を学べる。夏・春休みの1週間〜1ヶ月で単位も取得可能で、語学要件は不要。なかなか素晴らしいカリキュラムだと好評で、今年もつい3月21日に、6名の学生たちが元気に出発した。
しかし、同じように渡航費や現地での滞在費が高騰し、親御さんや本人たちに大きな負担を強いることになる。だが、それでも「わが子に貴重な経験をさせてやりたい」と快く送り出している関係者や親御さん、そしてそれをサポートする教員には頭が下がる。
それだけに、今回の選抜高校野球の遠征費のCFに対して、「カネがあるくせに」や「カネ持ってるOBに頼みなよ」という発想になること自体に、悲しさと寂しさを感じてしまうのだ。
そんなふうに思っていると、こういう記事を見つけた。
1992年のアメリカに留学中にハロウィーンパーティーに参加しようとして訪問先を間違え、射殺されてしまった高校生、服部剛丈さん(当時16)の両親が設立した「YOSHI基金」に、「足長爺」を名乗る人物から1,000万円の寄付が届いたというものだ。「YOSHI基金」は事件後、服部さんの両親が、アメリカの高校生に銃のない日本での生活を体験してもらいたいと始めた。最近では資金難に陥り、昨年10月から寄付を募っていたという。
こうした記事を、面を挟んだ社会面の両側に並べてくるところが、東京新聞らしい“にくさ”でもある。
両親のおこないも素晴らしいが、寄付をした「足長爺」も素晴らしいと感じた。SNSでは匿名で不寛容な言葉が投げつけられる時代だが、こうした無名の寄付者の姿勢は、まったく逆の場所にある。
まだまだ世の中も捨てたものではない。
子どもや若い人たちへの“寛容な気持ち”をいつも持っていたい。そうした気持ちを忘れない大人が、もう少し増えてほしい。
そして、自分自身も、そうした姿勢を見失わないようにしたい――そう自戒させられる2つの出来事であった。
「東京新聞デジタル」より


