【今日のタブチ】高市首相は本当に“媚び外交”なのか?――批判の「裏側」にある“事実を見抜く力”
私は右翼でも左翼でもない。そう言うと、「主義主張がないのか」と思う人もいるだろう。だが、そうではない。その時々の状況を見極め、自分なりに真偽や良し悪しを判断する。そういう立ち位置でいたいし、それは一つの“主義”だと私は思っている。
高市首相や現政権に対しても同じだ。自民党寄りだとか、反自民だとか、そういう話ではない。「良い」と思うことは評価するし、「おかしい」と思うことは批判する。ただそれだけだし、これからもその姿勢は変えない。
今日は、昨日の日米首脳会談における高市首相の「振る舞い」について考えてみた。
ネットや報道では、高市首相のトランプ大統領に対する言動が話題になっている。特に、“媚びた”とか“浮足立った”とかいう指摘だ。実際、ホワイトハウス敷地内でトランプ大統領が彼女を出迎え、二人が抱擁(ハグ)を交わした場面は、映像として確認されている。
また、高市首相がトランプに向けて「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」と述べたことも、同じく明確に報じられている。
こうした言動がネット上で「媚び外交だ」と解釈されるのも理解はできる。ただ私は、そこだけ切り取って論じるのは、どうも違うと思っている。
たしかに、共産党の田村智子委員長が言うように、「イラン攻撃を批判しなかった」点については、少しくらい釘を刺してもよかったのではないかとは思う。しかし、会談の空気や力関係を考えれば、その場での発言が簡単ではないことや「それが得策かどうか」は微妙であることも、また事実だ。米国側はホルムズ海峡情勢を重大視し、日本に具体的な役割を求めているわけで、それに対して高市首相が「日本の法律でできること、できないことがある」と丁寧に説明したことは、評価に値すると考える。
そして、ここで重要なのは、「彼女の“過度に見える”言動は何のためなのか」ということだ。
それは、日本のためであり、国民のためである——私はそう解釈している。
相手がトランプ大統領である以上、そのご機嫌が外交の成否に影響するのは疑いようがない。国益のために、場合によっては自分を押し殺し、“役回り”として振る舞うことさえある。それを「道化」と言うのは簡単だが、私はそこに一定の覚悟を見る。
私は高市支持者でも自民党シンパでもない。防衛費の拡大には反対だし、憲法改正も急ぐべきだとは思っていない。ただ、物事を極端に切り取り、その部分だけを槍玉にあげて騒ぎ立てる風潮には、違和感があるのだ。
物事はその裏側や理由を読み取らなければならない。
今回の日米首脳会談は、そのことを改めて突きつける出来事だったと私は感じている。ホルムズ海峡の緊迫、台湾海峡の不安定化、日米の安全保障協力、さらには730億ドル規模の対米投資など、日米間の力学がいやおうなく可視化された会談だったのは間違いない。
そして私は、今回の会談が「いかに我が国が、アメリカの“傘の下”にいないと生き残れないか」という現実を、これまで以上に鮮明に見せつけたように思えてならない。
だからこそ、私はこころからこう言いたい。
高市首相、お疲れ様でした。
「ホワイトハウスのX」より


