【今日のタブチ】NHK会長に井上氏――“内部出身”は迷走メディアの《救世主》となるか?
NHK会長に井上樹彦氏が就任した。
18年ぶりの“内部”出身――この一点に、私はまず期待を置く。現場と制度、技術と番組、グループ会社の癖も肌感でわかる人材がトップに立つ意味は大きい。井上氏は「NHKの経営とグループ会社を“単一の、まとまった力”として難題に向き合う」と述べたが、これはきれいごとではない。制度改正、視聴行動の変化、受信料とネット必須化、そして政治の圧力。課題は山積みだ。
期待だけで済まないのは、直近の不祥事の重さだ。
国際ラジオの中国語ニュースで、外部スタッフが尖閣を「中国の領土」と発言して放送法に抵触、総務省が行政指導。NHK自身も役員の報酬返上や懲戒を発表している。グループ子会社では、駅員への暴行で逮捕、女性更衣室への侵入・就寝という前代未聞の事件、経費の私的流用といった事案が続いた。信頼の毀損は、本体だけでなくグループ管理の甘さとして国民に記憶される。新会長は、番組基準・国際放送の監督、外部人材の管理、子会社のガバナンスまで“総力戦”で再発防止をやり切る必要がある。
ただ、ここからは甘い話を切る。私が一番気にするのは、配信ビジネスと公共放送の線引きだ。
NHKは2025年10月に「NHK ONE」を立ち上げ、Webとアプリを統合し、同時配信・見逃し・ニュース・防災・教育を“ひとつの器”にまとめた。世帯の受信契約が前提、地上契約で月額1,100円(沖縄965円)。技術面での前進――テレビアプリでの同時配信、プロフィール機能、災害時のプッシュ通知――は評価する。だが“まとめる”ことが公共性の担保にはならない。マネタイズの論理が先に走ると、「視聴者の安全・教育・地域」の優先順位が揺らぐ。ONEの立ち上げ過程でも運用の混乱や利用者の迷いが見えた。公共のプラットフォームは、利便より先に“使命”が来る。この原則が崩れると、NHKは単なる巨大OTT(Over-The-Top)に近づく。
では、どんな「線引き」をすればよいのか? 具体的に挙げたい。
第一に、同時・見逃し配信の編成で“視聴指標”より“公共性指標”を明示する。災害・地域・教育・検証済みニュースのフロント配置を固定化し、娯楽の棚は意図的に一歩引かせる。
第二に、データの扱い。プロフィールや視聴履歴の設計は便利だが、公共放送としての“最小限収集・目的限定・第三者提供なし”を徹底する。
第三に、料金説明。受信契約の前提を「公平性」の名で語るなら、ネットだけ世帯・個人でどうアクセス保障するかを明確に示す。ONEで“受信料のデジタル・ディバイド”を生んではいけない。
ここで誤解してはいけないのは、NHK ONEが技術的にOTT型の配信モデルを採っている点だ。NetflixやPrime Videoと同じく、インターネット経由で直接コンテンツを届ける仕組みだが、公共放送は商業OTTとは本質的に異なる。OTTは広告やサブスクで視聴データを収益化する構造だが、NHKは受信料で成り立つ非営利メディア。この境界を曖昧にすれば、公共性の信頼は一気に崩れる。ONEの設計思想は「利便性の追求」ではなく「公共性の再定義」でなければならない。
井上氏は政治部長、報道幹部、編成も経てきた。政治の目線を知るからこそ、政府・総務省との距離感にメスを入れるべきだ。放送法4条「政治的公平」をめぐる官邸―総務省の文書問題は、行政文書として公開され、“番組全体”に加えて“個々の番組の集合”という補充解釈が政府統一見解に乗った。私は、これが現場の自己規制を過剰化させ、政治部やニュース編集に“見えないブレーキ”をかけてきたと見ている。総務省が「報道の自由への介入ではない」と言う一方で、行政指導・ガイドラインの文言は、現場に強い萎縮を生む。新会長には、法の遵守と編集の独立の境界を運用規程と説明責任で再定義し、政治からの“メディア・コントロール”を許さないという確固たる姿勢が必要だ。
ここまで厳しく書いたが、私はやはり井上氏のの“内部出身”に賭ける。
震災後の編成も、I-Techや衛星子会社の経営も知る彼なら、技術と報道の接点で公共性を再設計できるはずだ。「NHKグループ全体で、難題に総力戦で立ち向かう」と言うなら、ONEのビジネス設計、子会社の統治、国際放送の再建、受信料制度の透明化、そして政治との距離まで、一気通貫でやるしかない。受信料の値下げで収入が落ち、未契約や未払いが広がる時代に、公共放送の“存在理由”を日々のプロダクトで証明する。それができなければ、18年ぶりの“内部”の意味は、ただの人事トピックで終わる。
「TBS NES DIG」より


