【今日の新聞から】伊藤詩織氏性加害事件の映画化における映像の「危険性」と「暴力性」を考える~「被害者」が「加害者」になる可能性

今朝の新聞には、性加害被害を受けた伊藤詩織氏が監督として制作した映画『Black Box Diaries』映像や証言を無断使用している可能性があるという記事が載っていた。
会見でそう発表しているのが、何と伊藤氏の性加害訴訟で代理人を務めた弁護士だというから驚いた。よほど、看過するのには耐えられなかったのだろうと推測する。
問題の映像箇所は、ホテルの監視カメラの映像やタクシー運転手の証言、前述の弁護士との会話である。許諾を取らず使用しているうえに、再三にわたり再編集をするように求めているが、かなえられていないと弁護士側は主張している。もしそれが本当だとすれば、「取材源の隠匿」という報道倫理が損なわれており、人権上において問題があるだろう。

これに対して伊藤氏は、映像はCG加工をしているし、弁護士との会話も音声の声を変えていると主張しているが、このように齟齬が見られるのはなぜなのか。
それは、映像というのは個人によってまったく捉え方が違うからである。ある人にとって見れば「問題ない」と思える映像も違う人にとっては「ひどい侵害」と感じるかもしれない。映像を扱ったり、映像に携わる者はそういった意識を持つことが大切だ。映像には「危険性」や「暴力性」があるからだ。もし仮に、性「被害者」の伊藤氏が今度は「加害者」になってしまっているとするなら、何と悲しいことか。

映像の「危険性」については私は先日放送された「NHKスペシャル」に出演した際に、実感した。
これまで創り手として映像に長年関わってきたはずなのに、その「危険性」に留意する感覚がマヒしていたのだ。お恥ずかしい限りだ。そしてそのことで多くの視聴者の方に「不快」な思いをさせてしまった。猛省している。https://35produce.com/%e3%80%90%e6%b4%bb%e5%8b%95%e5%a0%b1%e5%91%8a%e3%80%91%e6%98%a8%e6%97%a5%e6%94%be%e9%80%81%e3%81%aenhk%e3%82%b9%e3%83%9a%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%80%8e%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%8b%e3%83%bc/
以上の記事、そして私の経験を踏まえ、改めて映像の特性について検証し直す必要があると自らの肝に銘じた次第である。

「東京新聞TOKYOWeb」より

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です