【活動報告:寄稿・書評】メディアはどこに向かうのか―テレビの稼ぎ方/権力監視をめぐって

プレジデントオンラインに久しぶりに論考を書いた。
ここ数年、「テレビはオワコン」という言葉が半ば常識のように流通するようになったが、その前提にどうしても違和感があったからだ。
タイトルは・・・稼ぎ方を見れば一発で分かる…元テレビ局員が断言「広告が減っても”最後まで生き残る”テレビ局」。副題は、広告収入では見えない勝者と敗者、である。

テレビは本当に衰退産業なのか。
私はそうは思っていない。少なくとも、「テレビのコンテンツそのものが終わった」という見方には与しない。

「テレビはオワコン」という言説の背後にあるのは、インターネット広告の急伸と、それに伴う地上波の相対的な地位低下だ。つまり揺らいでいるのは、テレビという表現手段ではなく、長らく前提とされてきた“広告モデル”の方である。視聴習慣が変わり、広告の配分が変わった結果、従来の物差しではテレビ局の体力が測れなくなっただけだ。

問題は、地上波広告が縮小する中で、キー局がどのように稼ぎ方を変えているのか、である。ここに決定的な差が生まれつつある。
キーワードは「IP」「差別化」だ。

番組を「放送して終わり」にしない局と、いまだに放送収入を主軸に据え続ける局。その違いは、決算書を見ればはっきりと現れている。広告収入の多寡だけを見ていては、勝者と敗者を取り違える。では、広告が減っても最後まで生き残るテレビ局はどこなのか。
その名前は、本文で明らかにした。
詳しくは、プレジデントオンラインの記事を読んでほしい。
https://president.jp/articles/-/107871

そして昨日、毎日新聞に月一で書いている書評が掲載された。12月は年末で休載だったが、10月の田崎健太『ザ・芸能界』、11月の真山仁『玉三郎の「風を得て」』に続き、今回は青木理の『闇の奥――頽廃する権力とメディア、そして仄かな光をめぐるルポ・時評集』を取り上げた。

この記事は会員でないと途中までしか読めないが、なぜ本書と取り上げたかというと、私がドキュメンタリーの撮影で海外取材に頻繁に出ていた頃の記憶があるからだ。旅の友としていたのが、青木理が副編集長を務めていた日本版「オーマイニュース」だった。「オーマイニュース」はメールで届く記事だが、世界の腐敗、政府の闇、権力構造の問題など、ジャーナリズムの核心が凝縮された内容で、時に手に汗握りながら読んでいた。

あれから20年。青木の筆力は衰えるどころか、むしろ一層鋭さを増している。本書は、硬派で、刃物のような切れ味を持った一冊だ。鹿児島県警の内部告発事件、大阪地検の元検事正による準強制性交事件、入管問題や冤罪を生み出す法務行政の構造的欠陥など、日本社会の暗部に正面から切り込んでいく。

権力監視が弱まり、ジャーナリズムへの不信が広がる今だからこそ、この本の重みは増している。平和ボケした私たちに確実に痛みを与えるが、それは必要な痛みだろう。権力とメディアを論じるうえで、本書は欠かせない
ぜひ、手に取ってほしい。
https://mainichi.jp/articles/20260124/ddm/015/070/018000c

「毎日新聞」書評欄より

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