【おススメ】Netflixドラマ『抗いの河』に流れる呪いの言葉「プシーカ(Pssica)」の意味ーアマゾンの闇と現実……そんな記憶がよみがえった

アマゾンの川面に差し込む光は、ただ美しいのではない。濁流の底に沈む声、語られぬ暴力、そして「プシーカ(Pssica)」という呪いの響きが、空気の湿度とともにまとわりついてくる。Netflixドラマ『抗いの河』は、まさにそんな世界観で彩られた不思議なドラマだった。
原作はブラジルの作家エディール・アウグストによる小説『Pssica』で、物語は三人の登場人物の視点から描かれる。シーズン1の本作は、4話で見やすかった。
ジャナリス(ドミティラ・カテテ)は、ベレン出身のティーンエイジャー。ブラジルとフランス領ギアナの間を流れる迷路のような川を利用する国際的な性的人身売買組織に誘拐される。彼女の物語は、生存をかけた壮絶な闘いを通して、被害者の視点を私たちに突きつける。プレア(ルーカス・ガルヴィーノ)は、川辺のギャング集団「ラトス・ダグア(水のネズミ)」の若きリーダー。彼は犯罪の連鎖を受け継ぎながらも、その運命に抗おうとする複雑な存在。加害者でありながら、構造的暴力の犠牲者でもあるという二重性を体現している。
特に素晴らしかったのが、マリアンジェルを演じたマルレイダ・ソト氏だった。マリアンジェルは、家族を殺された過去を背負い、復讐と救出を誓ってアマゾンの無法地帯を進む。マルレイダ・ソト氏は実年齢は現在48歳だが、ドラマでは「娘を奪われた初老の母」という設定で“老け役”だった。銃撃戦や追跡の場面で見せたアクションが印象的で、復讐と母性の境界を揺さぶるような緊張感が画面にみなぎっていた。
彼らの絡み合う闘争の中心には、「プシーカ(Pssica)」という概念が存在する。アマゾンの表現「Psica da Velha Chica」に由来するこの言葉は、呪いや不吉な前兆を意味する。シリーズの中で、それは文字通りの意味と比喩的な意味の両方で機能する。民俗学的には、登場人物たちが自らの不運を邪悪な力のせいだと信じる純粋な信仰である。比喩的には、「プシーカ」は彼らの人生を支配する、貧困、腐敗、システム的な暴力といった逃れられない社会経済的状況を象徴している。それは、貧困や腐敗、制度的な暴力が人々の選択肢を奪い、人生の方向すら決めてしまうような現実を、呪いというかたちで言い表した言葉だ。その言葉には、抗うことすら許されないという諦めの気配も含まれている。物語は、その諦めに抗う者たちの声を描こうとした。それが斬新だった。
川そのものも、自然の楽園としてではなく、この犯罪経済の動脈として描かれる。それは、登場人物たちを支え、同時に閉じ込める、係争中の危険な領域だ。逃げ場であり、境界であり、語られぬ声が流れ着く場所でもある
このドラマがポルトガル語圏で制作されたことには、深い意味がある。欧米中心の映像言語ではなく、ポルトガル語という響きのなかで語られる「沈黙」「暴力」「母性」「抗い」。それは語りの主体性の回復であり、語りえぬものを語る試みでもある。
私自身、アマゾン川流域を取材で訪れたことがある。
夕食をとるためにレストランへ向かうだけでも、現地のコーディネイターからこう念押しされた。
「食事中に強盗が押し入って来て、『金を出せ』と言われても、絶対に抵抗しないでください。殺されます」
「適当な額のお金を出しやすいポケットに入れて、すぐに差し出せるようにしておいてください」

その言葉の重さは、単なる注意喚起ではなかった。暴力が日常に溶け込み、誰もがそれに備えて生きているという現実。
その空気の中で語られる「プシーカ」は、決して比喩ではない。
それは、暴力が制度となり、沈黙が習慣となった社会の中で、人々が自らの運命を呪いとして受け入れざるを得ない状況の象徴なのだ
そして、私たちがこの物語の余韻に耳を澄ませるとき、ふと気づかされる。
この川は、フィクションの中だけに流れているのではない。
ジャナリスの物語は、遠い国の神話ではないのだ。
アマゾン流域――ブラジルからフランス領ギアナにかけての国境地帯では、現実に未成年女性を標的とした性的搾取が蔓延している。国際的な人身売買組織は、川を利用して少女たちを運び、売り渡す。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、世界の人身売買被害者の約30%が未成年者であり、その多くが性的搾取を目的としている。ブラジルではモデル事務所を偽装した組織が摘発され、フランスではTelegramを利用した児童性犯罪ネットワークが社会の信頼を裏切る形で広がっていた。
『抗いの河』は、こうした現実に対する語りの試みでもある。自らの運命を「呪い」として諦めるのではなく、運命を切り拓こうとする――そんな「抗うこと」の大切さを教えてくれる

「Get Freax」HPより

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