【今日のタブチ】ドラマ『スキャンダルイブ』が突きつける芸能界の「新常識」――忖度ゼロのキャスティング革命、その舞台裏に迫る
私は毎日新聞の書評欄を月一で担当している(次回は1月24日掲載予定)。このブログでも何度か触れてきたが、初回は田崎健太著『ザ・芸能界 首領たちの告白』を紹介した。日本の芸能プロダクションを作り上げた創業者たち(周防侑雄氏、堀威夫氏など)の、タブーを承知のうえで時代に挑んだ様子を評し、「清濁」併せのむ彼らは「善悪」という価値基準とは違う世界に生きていることを指摘した。
そんな芸能界の暗黙のルールを、赤裸々に描いた作品が『スキャンダルイブ』だ。
芸能事務所と週刊誌による、スキャンダルをめぐる攻防をきっかけに、芸能界の闇に切り込んでいくサスペンスドラマである。第1話配信後にはABEMAで総合ランキング1位を獲得し、同日にNetflixでも日本・世界同時配信されるなど大きな注目を集めた。
地上波では絶対に実現できなかったであろうそんな話題作を手掛けたのは、藤野良太氏というフリーのプロデューサーだ。私は彼の存在に着目した。藤野氏はフジテレビでドラマ制作を担当後、2019年に退社し、株式会社storyboardを設立した。
藤野氏は、インタビューで「最初はある地上波放送の3夜連続ドラマの企画として考えていました。(中略)でも地上波の話はなくなり、ABEMAで企画が採用された」と語っている。やはり、地上波では難しかったようだ。しかし、あきらめなかった。その粘り強さこそ、この作品の“リアリティ”を支える原動力だ。
だが、それだけではこの挑戦は成立しなかった。出演者と事務所の“忖度ゼロ”の決断が、この作品を本物にした。
このドラマの優れた点は、出演した俳優や所属する事務所の“英断”にある。
主演の柴咲コウ氏は2020年にスターダストプロモーションを退社し、自身の会社『レトロワグラース』を設立して独立。ドラマの内容はそんな境遇を想起させるようなものだが、あえて出演に踏み切った。川口春奈氏は研音所属の看板女優であり、業界大手の事務所が本作への出演を認めたことは注目に値する。業界の力学を知る者なら、このキャスティングが“革命的”だとわかるはずだ。また、横山裕氏(旧ジャニーズ事務所出身)が大手事務所幹部・明石役で出演している点も注目だ。自身の業界経験を踏まえたリアルな演技が作品に深みを与えている。ほかにも、鈴木保奈美氏は元ホリプロ、性加害者俳優役の鈴木一真氏も元ホリプロ、性被害者役の茅島みずき氏はアミューズ所属など、“忖度”し始めたらきりがないような顔ぶれだ。
だが、結果的には、これらの出演者は見事に難しい役を演じ切った。演じているなかで、自分の境遇が頭を過ることもあっただろうに、しっかりと見事に役になり切っていた。出演を許した事務所も立派だ。
だが、ここでよく考えてみてほしい。少し前までだと、こういったことが許容できただろうか。
そう、ジャニーズ事務所の問題報道や、フジテレビをめぐる中居正広氏に関する報道など、事務所やマネージメントの在り方、そしてそれと関わるテレビメディアの立ち位置などが変化したのだ。
こうしたキャスティングが可能になった背景には、芸能界の構造変化がある。最終話では大手事務所幹部が罪を告白し、隠蔽体質を断ち切る展開が描かれた。これは、芸能事務所に自浄作用が働き始めたことを象徴している。
私のような、「ザ・芸能界」ど真ん中で生きてきたような人間にとっては、ハラハラドキドキしながら、セリフのひとつひとつに「ヤバくないか?」「リアル過ぎないか?」と冷や冷やしながら視聴するドラマだった。しかし、芸能界の実状や昔の風習を知らない一般視聴者やいまの若者たちにとっては、「そんなこともあるんだ」「そんな人が本当に存在するんだね」という感じなのかもしれない。
時代も変わった。芸能界もそこに住む演者たちも、そして事務所も、昔のままではやっていけないし、通用しない。
『スキャンダルイブ』は、芸能界が“忖度の時代”を終え、新しい秩序へ踏み出したことを告げる狼煙だ。次に変わってゆくのは、視聴者の価値観かもしれない。
「ABEMA」公式HPより


