【今日のタブチ】科学に生きた人が最後に選んだ言葉――タチアナ・シュロスバーグ氏の「死」とケネディ家の「止められない悲劇」

新聞の訃報欄でタチアナ・シュロスバーグ氏の死を知った。ケネディ元米大統領の孫娘であり、キャロライン・ケネディ元駐日大使の次女。エール大学で歴史を学び、ニュージャージー州の新聞社を経てニューヨーク・タイムズに入社。科学や気候問題を担当するなど、華やかな経歴を持つジャーナリストだった。

彼女の寄稿によると、2024年に娘を出産した際、血液検査で急性骨髄性白血病と診断された。しかも特異な遺伝子変異を伴うタイプで、余命は1年程度と告げられたという。享年35。若すぎる死だ。記事に記された彼女自身の言葉が胸に残る。

「母の人生、家族の人生に新たな悲劇を付け加えることになってしまった。そして、それを止めることもできない」

この一文には、隠された意味がある。
単なる親子の情愛ではない。「母の人生」とは、キャロライン・ケネディが背負ってきた長い悲劇の歴史を指している。父ジョン・F・ケネディの暗殺(1963)、叔父ロバート・ケネディの暗殺(1968)、弟ジョンJr.の飛行機事故死(1999)――こうした出来事は広く知られている。しかし、それだけではない。ケネディ家には病の影も濃く落ちていた。ローズマリー・ケネディ(JFKの姉)はロボトミー手術の失敗で生涯を閉ざされ、ジャクリーン・ケネディ(JFKの妻)は非ホジキンリンパ腫で逝き、テッド・ケネディ(JFKの弟)は悪性脳腫瘍に倒れた。テッド・ジュニア(テッドの息子)は骨肉腫で脚を失った。暗殺や事故の陰で、静かで持続的な痛みが、一見「エリート」で、順風満帆に思える家族を蝕んできた

ここで考えたいのは、科学を扱うジャーナリストが「止めることもできない」という言葉を選んだことの意味だ。
科学ジャーナリズムは合理性を重んじる。データ、因果関係、エビデンス。それが彼女の仕事だった。しかし、余命宣告を受けた瞬間、数字ではなく「意味」を求める心理が働く。治療法の選択肢や生存率のパーセンテージは、彼女にとって現実を説明する言葉ではなくなった。科学で説明できない現実に直面したとき、人は「抗えないもの」をどう呼ぶのか。運命という言葉は、科学の外側で生まれる。

大晦日に「死」について考えたばかりだ。死は、どれほど科学が進歩しても、完全には制御できない領域にある。合理性を生きた人が最後に選んだ言葉が「止められない」という表現であったこと。その事実は、科学と人間の境界線を示唆している

タチアナ・シュロスバーグは、最後まで自分の言葉で生きた。運命を受け入れることは敗北ではない。むしろ、抗えない現実に対して、自分の言葉で意味を与える行為だ。私たちは何を運命と呼ぶのか。そして、その言葉を選ぶ瞬間に、人間の本質が現れる。

母親のキャロライン・ケネディ元米国大使氏(左)らと
ジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館を訪れた
シュロスバーグ氏(右から2人目)/Steven Senne/AP


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