【今日のタブチ】子ども素材センター×桜美林大学──“創造環境”は誰がつくるのかという未来への問い
最近、新聞記事や各種メディアで「品川・子ども素材センター」のことを目にするようになった。2025年10月20日、品川区八潮の旧八潮南小学校校舎内に正式オープンしたこの施設は、企業や地域から出る未利用素材を教育・保育の現場へ循環させることを目的に設立されたという。木材、布、金属、自然素材など、多様な“まだ使える素材”を再分類し、子どもたちが自由に探究や造形に使える“学びの材料”へと転換する仕組みだ。
背景にあるのは、教育・保育現場で長年指摘されてきた“素材不足”の問題だ。子どもが自ら考え、工夫し、つくるという探究的な学びが求められる一方で、現場の努力や偶然に頼る状況には限界があった。そこで、企業や地域家庭で日々生まれる未利用素材を回収し、価値転換して提供する“循環モデル”の必要性が浮かび上がったという。
この取り組みを主導したのは、株式会社えんのしたの宮里耕太氏。幼児教育現場で長く活動してきた彼は、「子どもと素材との出会いが創造性を芽吹かせる瞬間に何度も立ち会ってきた」と語り、社会全体で素材を循環させる仕組みをつくりたいという思いから事業を立ち上げたと述べている。彼にとって素材は「子どもにとっての宝」。廃棄物ではなく、想像世界を拓く入口なのだ。
利用者は、保育園・幼稚園・学校・地域団体などの教育・保育関係者が中心で、会員登録のうえ素材を持ち帰る仕組みになっている。また、地域住民向けに特別開放日が設けられたり、未利用素材を使ったワークショップが行われたりと、地域の交流拠点としても機能しているようだ。
こうした報道を読むうちに、私はこのセンターの価値が単なる“子ども向け造形施設”に留まらないことに気づいた。
まず、ここで扱われている素材は、ただの廃材ではない。企業の製造過程で生まれた端材や、地域家庭で余った布や紙など、いずれも“人の営みの跡”が宿ったものだ。センターの公式説明でも、「素材には人の仕事や社会の営みがそっと残っている」と書かれている。子どもは、そうした“意味をまだ持たない素材”と出会うことで、自分自身の意味づけを行い、創造のプロセスを主体的に進めていくのだ。
この思想は、イタリアのレッジョ・エミリア教育の「100の言葉」に通じる。このブログでも紹介したことがあるように、私はモンテッソーリやシュタイナーの「子どもを主体とした学び」を尊重し、創造性と自発性を重んじるという共通点に着目し、わが子にもそういう教育を施してきた。しかし、レッジョ・エミリア教育に関してはよく知らない部分があった。今回、子ども素材センターの記事を通じて、あらためてレッジョの独自性に触れる幸せな機会に恵まれた。
レッジョでは、子どもは言葉だけでなく、光、影、木材、粘土、ワイヤーなど多様な素材を用いて思考を表現する。素材とは“可能性の塊”であり、表現の媒介そのものだと考えられている。品川の子ども素材センターの取り組みは、日本の都市部でレッジョの思想を土台にした実践が動き始めている証にも見える。
同時に、このセンターは教育現場の“構造的な素材不足”問題への具体的な解となっている。企業連携で素材回収の仕組みを整え、安全基準に基づき分類し、現場が安心して使える状態にして提供する。これは、創造教育において最も見落とされがちな“インフラ整備”。創造性は理念だけで育たない。素材・設備・環境という物理的基盤がなければ育ちようがない。
さらに注目したいのは、「企業と教育が対等に交差する仕組み」をつくっている点だ。CSR的な寄付ではなく、企業側も地域側も“循環の一部”として関わる。企業にとって未利用素材は処理の手間やコストを伴うが、ここでは“未来を支える資源”として再価値化される。教育・地域・行政・企業が連携する姿は、循環型社会への小さな実装事例そのものだ。
ここで私は、自然と本学・桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修のことを思い出した。私たちの専修では、学生たちが素材と格闘し、手を動かし、試行錯誤を繰り返すための環境を用意している。木工ができる工房、立体造形ができる工作室、彫刻アトリエ、陶芸アトリエなど、創造行為に必要な“場”が整っている。学生の創造力が開く瞬間には、必ず素材があり、設備があり、空間がある。
工作室を管理する教員のなかには、林秀紀氏のように、東京都檜原村と協働し、市場に流通しない素材を活かした新しい木のおもちゃを開発する「子どもの好木心『発見・発掘』プロジェクト」を進めている教員もいる。
つまり、大人が子どもや若者のために、持続可能なかたちで“創造環境を整える”という行為そのものが、教育の本質なのではないか。
子ども素材センターは、まさにその理念を現実の仕組みとして社会に実装しようとしている。偶然任せでも善意任せでもない、持続可能なかたちで未来の創造環境を準備する仕組み。それは大学教育の現場と地続きにある。
加えて、このセンターが地域イベントにも積極的に関わり、子どもたちと地域住民をつなぐ“ハブ”になりつつある点も見逃せない。未利用素材を使った「箱庭テーブルワークショップ」など、創造を通じたコミュニティ形成が動き始めている。創造力が、地域のつながりそのものを生んでいく。
創造環境は、勝手には生まれない。誰かが手をかけ、整え、維持しなければ未来にはつながらない。子ども素材センターや本学・桜美林大学の取り組みは、その“誰か”が社会全体であるべきだというメッセージなのだ。
近いうちに、子ども素材センターを訪れてみたいと思いながら、“未来への希望”を強く感じた今朝であった。
「東京新聞Web」より


