【今日のタブチ】雪の“選挙当日”に思う――トランプの差別より深刻な、この国の“尊厳”の危機と、神奈川300超の「認知症カフェ」が伝える現実

朝、窓の外を見たら、しんしんと雪が降っていた。予報では朝には止むとされていた降雪も、まだ続いている。
選挙当日の朝がこんな天気になるとは思わなかったが、この雪の静けさが、逆に投票日の重さを浮かび上がらせているようにも感じる。
「どうしようかな、行こうかな、やめようかな」
そんなことを考えている人も、もしかしたらいるかもしれない。寒いし、足元も悪いし、わざわざ出かけるのが面倒だという気持ちも分かる。
でも、それでも私は“選挙には行くべきだ”と思う。雪の降りしきる朝でさえ、私たちは“選ぶ”責任からは逃れられない。選挙は義務ではなく権利だが、その権利の重さは静かに積もる雪と同じで、放っておくと後から効いてくる。同じように「後悔」も先に立たずだ。

そんなことを考えながらニュースを見ていたら、トランプがまたオバマ元大統領に対して差別的な発言をした、という報道が流れてきた。
彼のこうした“尊厳を踏みにじる”態度にはもはや嫌気しかないのだが、だからこそ思う。
政治的パフォーマンスや挑発よりも、はるかに大切な“尊厳の話”が、私たちの生活の足元には転がっている
今日はその“尊厳”について書きたい。
ネットやSNSでは、誹謗中傷が日常のように飛び交い、私たち一人ひとりの尊厳もまた知らぬ間に傷つけられている。匿名の影に隠れて放たれる言葉が、誰かの心を確実に削っていく。そういう今だからこそ、“尊厳とは何か”という足元の問題を見つめ直したい

きっかけは、「認知症カフェ」だ。
普段は聞きなれない言葉だが、一般社団法人「神奈川オレンジネットワーク」によると、なんと神奈川県内には300を超える認知症カフェが存在するという。
県内の各自治体の情報を見ても、横浜市・川崎市・相模原市・藤沢市・小田原市など、ほぼすべての地域に認知症カフェが広がっていることが確認できる。
この“300超”という数字の意味を、私たちはもっと真剣に受け止めるべきではないか。
それは、認知症の人が増えているという単純な統計以上の意味を持っている。
認知症カフェは全国のほぼすべての市町村に存在し、2021年時点で7,900か所を超えるとされている。その中で神奈川県は、自治体の関与や地域ネットワークが特に整っており、都市部を中心に300を超えるカフェが県全域に密集するという“密度”の高さが際立っている。
認知症は誰もがなる可能性のあるものであり、もはや“特別な病”ではない。そしてその現実に、地域がこれだけの数のカフェで応え続けているという事実。これは、静かだが、深く重い社会のメッセージだ。

認知症カフェとは、認知症の人が気軽に集まれる場であり、家族や介護者が相談でき、地域住民も参加できる“開かれた公共圏”だ。
横浜市の実態調査の自由回答では、参加者や運営者から「安心できる雰囲気」「つながり」「送迎などの参加しやすい工夫」が重要だという声が数多く寄せられている。
そこには専門家の言葉よりも、もっとリアルな“生の声”がある。
「ここに来ると、自分が一人じゃないと分かる」
「同じ境遇の人と話せるだけで救われる」
「家族の悩みを相談できる場所が、実はほとんどなかった」

こうした声の積み重ねが、300という数字をつくっている。そしてこうした声が日々生まれている場所こそが、社会の“尊厳の最前線”なのだ。

尊厳とは、立場や能力が変わっても失われてはならないものだ。認知症になったからといって、その人の尊厳が消えるわけではない。むしろ、認知症になってからこそ守られなければならない。それを支えているのが、地域のあちこちに静かに存在している認知症カフェなのだと、改めて感じた。

選挙の日に、こうした話を書く意味も、実はここにある。
政治家の差別発言に振り回されるよりも、私たちは生活の現場で起きている“尊厳の積み重ね”をこそ大切にすべきだ。
そして、今日投票所に足を運ぶという行為は、まさにその“尊厳を守る社会を選ぶ”という行為でもある。

雪が降り積もる静かな朝に、300を超える認知症カフェの存在を思う。そのひとつひとつが、誰かを孤立から救い、誰かの不安を少し和らげ、誰かの尊厳を守っている
そう考えると、決して小さな数字ではない。
今日の午後、少し降雪が緩んだところで選挙に行く予定だが、そんな途中の道で認知症カフェの風景を想像しながら向かいたい。
それだけできっと、この雪の冷たさも少し違って感じられるはずだ。

「ちよだコミュニティラボ」HPより
https://chiyolab.jp/archives/10712

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