【今日のタブチ】コーヒー高騰のニュースで思い出した、エチオピアの長すぎる“おもてなし”と本格コーヒーを知らなかった私
最近、スーパーへ行くたびにコーヒーの値段の高さに驚かされる。各社が相次いで値上げを発表し、「またか」とため息をついた人も少なくないだろう。
背景には、世界的なコーヒー豆不足がある。特に世界最大の生産国ブラジルで干ばつや異常気象による不作が続き、さらにロブスタ種の主要生産国であるベトナムでも天候不順による生産減少が起きた。そこへ輸送コストや円安も重なり、日本の店頭価格は大きく押し上げられている。ブラジルやベトナムの不作も大きい。しかし、私はそれ以上に気候変動の影響を感じている。コーヒーは赤道周辺の限られた環境でしか育たない。気温が少し上昇するだけで生産適地は減少するといわれている。つまり今回の高騰は単なる不作ではない。私たちが毎年経験する猛暑や異常気象と無関係ではないのである。コーヒーはもはや「いつでも安く飲める飲み物」ではなくなりつつあるのかもしれない。
そんなニュースを見ながら、私は今朝もいつものドリップパックのコーヒーを飲んでいる。
コーヒーを飲みながら新聞を読む。これが私の一日の始まりであり、長年変わらない楽しみでもある。正直に言うと、コーヒーを飲まなければ目が覚めないような気さえする。しかし、大学生になるまでの私はコーヒーがそれほど好きではなかった。
飲めるのはインスタントコーヒーくらいで、本格的なコーヒーのおいしさなどまったく知らなかったのである。それを変えたのが、大学時代の友人、柳沢正樹氏だった。私はよく柳沢氏の家に入り浸っていたのだが、そのたびにお母さんがコーヒーを淹れてくださった。これがうまい。インスタントとはまるで別物だった。香りが違う。苦みが違う。口の中に広がる豊かな余韻が違う。
「ああ、コーヒーとはこういうものだったのか」そう思ったことを今でも覚えている。
以来、私はすっかりコーヒー好きになってしまった。
そしてコーヒーに関する最も強烈な思い出は、ドキュメンタリーの取材で訪れたエチオピアでの経験である。
ご存じの方も多いと思うが、エチオピアはコーヒー発祥の地といわれる国だ。
現地には「コーヒーセレモニー」という文化がある。日本の茶道のようなもので、単にコーヒーを飲むだけではない。生豆を洗うところから始まり、その場で焙煎し、臼で砕き、伝統的な土器で煮出し、ゆっくり客人にもてなす。家庭によって差はあるが、すべて終わるまで2〜3時間かかることも珍しくない。しかも飲むのは1杯ではない。3杯でワンセットである。
1杯目は「健康」、2杯目は「愛や人間関係」、3杯目は「祝福」。3杯飲み終えて初めて儀式が完了する。途中で帰るのは失礼にあたる。
ところが、取材する側としてはこれがなかなか大変だ。
一般の方の家を訪ねる。すると必ずと言っていいほど、「まあ、コーヒーを飲んでいきなさい」となる。ありがたい。本当にありがたい。しかし、取材日程は押している。次の撮影場所に移動しなければならない。外はどんどん暗くなる。それでも儀式は省略できない。
私は心の中で、「日が沈む! 日が沈む!」と焦りながら笑顔でコーヒーを飲んでいた。だが、その苦労を忘れさせるほどエチオピアのコーヒーはおいしかった。
自然そのものの香りがする。若々しいというか、生命力があるというか。カップから立ち上る香りの中に、大地や草木の息吹まで感じるような気がした。何よりも、現地の人のもてなしの心が嬉しい。遠い異国からやって来た見知らぬ人間に対する気持ちが、コーヒーの味をさらに引き立てる。
今でも私の人生で飲んだコーヒーの中で、最も印象的な一杯かもしれない。
そして、コーヒーと一緒によく出されるのが「インジェラ」という主食である。
初めて見たときは正直驚いた。いや、かなり驚いた。見た目が雑巾そのものなのである。本当に雑巾に見える。灰色で、表面に無数の穴が開いていて、しっとり濡れた感じが雑巾だ。差し出された瞬間、「これ、食べるんですか?」と思わず聞きそうになった。
恐る恐る口に運ぶ。すると今度は酸っぱさに驚く。ヨーグルトのような発酵臭と酸味がある。ところが不思議なもので、食べているうちにだんだん慣れてくる。もちもちしている。しっとりしている。肉や豆の煮込み料理を包んで食べると意外にうまい。気がつけば、普通に食べている自分がいる。
海外取材をしていると、こういうことがよくある。
最初は驚く。戸惑う。「これは無理だ」と思う。ところが、しばらくすると好きになっている。人間の味覚とは案外柔軟なものらしい。
コーヒーもそうだった。インスタントしか飲めなかった私が、今では毎朝コーヒーを飲まないと始まらない生活を送っている。
世界的な高騰で値段は上がった。それでも私は明日の朝もコーヒーを淹れるだろう。そして香りを楽しみながら新聞を開く。
そんな何気ない時間の豊かさを、遠いエチオピアの思い出とともに、今朝あらためて感じている。
今日のVoicyは、コーヒーが飲めなかった私が、毎朝一杯のコーヒーを楽しむようになった理由とは?エチオピアでの経験についてもお話ししています!
#075 「日が沈む!」と焦った私と、エチオピアのコーヒー道
https://voicy.jp/channel/1027821/8297794
「朝日新聞GLOBE+」より


