【今日のタブチ】アンデスのネズミをめぐる違和感――ハンタウイルスの“盲点”と人類の“過信”とは何か
昨日ブログに書いた「ハンタウイルス」が気になっている。新しい情報が公開されたからだ。
出航地はアルゼンチンで、現在、感染源の調査が進められているという。報道によると、船内の感染者はウスアイアでバードウォッチングに参加しており、その際に感染した可能性があるとみられている。
しかし、アルゼンチンでは昨年6月以降、前年同期の約2倍にあたる100件以上の感染が確認されているという。だとすれば、その全員がバードウォッチングをしていたとは考えづらい。より広い環境要因、あるいは別の接触機会が存在するのではないかと私は観ている。
昨日のブログでは触れなかったが、「ハンタウイルス」の「ハンタ」とは、このウイルスが最初に発見された韓国の漢灘江に由来している。
1976年、この地域でウイルスが特定されたことがその名前の由来だ。
かつて感染症の名前には、スペイン風邪やエボラ出血熱のように、場所や人名が付けられることが多かった。しかし2015年、WHOは偏見や差別につながるとして、そのような命名を原則として避けるよう方針を転換した。
つまりハンタウイルスとは、古い時代の命名をそのまま残した、言わば“過去の産物”であった。——少なくとも、これまでは。
重要なのは、このウイルスが決して新しい存在ではないということだ。
1976年の発見から、すでに半世紀近くが経っている。これだけ長く研究されてきたウイルスであるがゆえに、専門家は冷静だ。感染経路も基本的には解明されており、過度に恐れるものではないとされている。
だが私は、逆の見方も成り立つのではないかと思っている。
それだけ長い時間、研究されてきたにもかかわらず、いまだに人類はこのウイルスを完全には抑え込めていないということだ。
今回、WHOは感染力の増大を示す変異は確認されていないとしている。
だが、思い出してほしい。コロナは「予想の外側」にあったからこそ、あれほどの事態を引き起こしたのではなかったか。
私は決して恐怖を煽りたいわけではない。臆病になるべきだとも言っていない。ただ、過信しない方がいいと警鐘を鳴らしているに過ぎない。
そんなことを考えていたとき、私の中にある記憶が鮮明に蘇った。
アンデス、アルゼンチン、ウスアイア——そのキーワードが、過去の経験と強く結びついたからだ。
私はドキュメンタリー制作をしていた時代、南米が好きで何度も訪れていた。特にアンデスやパタゴニアはお気に入りで、ウスアイアにも何度も足を運んでいる。
アンデスには、独特の食文化がある。
高地に住む人々はエネルギー消費が大きいため、動物性たんぱく質を多く必要とする。そのため現地では「クイ」と呼ばれるモルモット(テンジクネズミ)を家の中で飼育し、祝い事や来客時に食べる習慣がある。
アンデスの家庭を訪れると、このクイの丸焼きが振る舞われる。内臓を取り除き、香草を詰めて焼き上げる料理で、現地ではご馳走だ。
あるとき私は、俳優を旅人にしたドキュメンタリーで、この料理をいただく場面を撮影することになった。
目の前に差し出された丸焼きのネズミ。それを見て演者は一瞬たじろいだ。その空気を変えるため、私は自分から先に口をつけた。
だが、かぶりついた瞬間に分かった。火が通っていない。半生だった。
しかし吐き出すわけにはいかない。その家の家族や調理をしてくれたお母さん、演者が私の反応を待っている。私は飲み込み、「リーコ(美味しい)!」と言ってみせた。
帰国後、私は激しい悪寒と高熱に襲われた。
足が震え、筋肉が収縮するような違和感が続く。じっと立ってはいられない。明らかに異常だった。入院し、検査を受けることになった。
そして、東京検疫所の医師がやって来たとき、私はただ事ではないと感じた。
「現地で何か変わったものを食べたか」
私はクイのことを話した。すると医師たちは顔を見合わせた。だが、結局、明確な病名は告げられなかった。
「よくわからないんですよね……そのクイが原因だと思うのですが」
その曖昧な回答だけが残った。
今でもわからない。本当にわからなかったのか。それとも、言えなかったのか。
その違和感は、今も消えていない。
今回の報道を見て、そんな記憶が呼び起こされた。
私のそのときの症状を今回のハンタウイルスの症状と照らし合わせてみると、発熱、悪寒、筋肉痛——初期症状は驚くほど似ている。だが、幸運なことにだが、決定的な症状の進行は見られなかった。
クイが原因だと指摘する専門家はいない。実際、ハンタウイルスの主な感染経路は齧歯類の排泄物などであり、食事としての摂取が議論されることはほとんどない。
だが一方で、南米という地域、アンデスという環境、そして齧歯類との距離の近さ——それらがすべて同じ生態系の中にあることもまた事実だ。
誰も「クイが原因だ」とは言わない。だが、この問題の根底にあるのが、齧歯類と人間の距離だとするならば、全く無関係とも言い切れないのではないか。
そして、もう一つ気になることがある。
今回のクルーズ船の乗客たちは、各地に寄港し、観光をしてきたはずだ。だとすれば、その過程で一般家庭を訪れ、現地の食文化に触れる機会があった可能性は、本当にゼロと言い切れるのだろうか。
クイを食べたことは、本当にないと言えるのか。
もちろん、それが感染原因だと断定するつもりはない。
だが、私たちはあまりにも「分かっていること」の中だけで安心しすぎていないだろうか。
これ以上、感染が広がらないことを祈る。
そして同時に、人類がもう少しだけ自らの知識を疑い、謙虚であるべきではないのか。そう思う。
「㈱アンサーノックス」HPより
https://answerknocks.com/archives/1290


